night 22 : Lieto


( Lavi )

 駅を出発してから数分後。高らかに汽笛をあげて鉄橋の上を走る蒸気機関車で、俺は最後尾車両の更に端へと追いやられていた。
「オレっすか」
アレンが先ほどの駅で乗りそびれたようで、車両のどこにもいないらしい。
「ラビ、アレンくんを探してきて!」
リナリーに手を握って懇願されるのは正直少し嬉しいが、でもなんというか、面倒ごとに巻き込まれそうな予感がして気が進まない。
「行け。今ならお前の如意棒でひとっ飛びだろ」
「槌だよパンダ」
今にも車両から蹴り落とそうとしてくるジジイの足を押し戻す。転げ落ちたらアレンの捜索どころじゃねーだろうが。それでもなお強制的にこの場から去らせようとしてくるジジイと押し問答を続けていると、さっきからずっと黙っていたが突然俺の右腕に抱きついた。
「おねがいラビ。も行くから」
はそう言いながら、俺の顔を上目遣いで見つめてくる。なんだコイツめちゃくちゃずるい。右腕に当たる柔らかな感触が、なかなか煮え切らなかった俺の意志をあっさりと固めた。

 槌の柄につかまって、来た道を戻る。列車に乗っている時とは比にならないくらいの向かい風。団服のおかけで寒くはないが、顔にかかる風圧がすごい。それにしても。
「オマエほんっとアレンのこと好きなー」
俺の腹にくっ付いているにそうぼやくと。
「ふふ、そうね」
肯定なうえに即答。コイツのこういうトコは今に始まったことじゃないし、俺もアレンには結構好感持ってるけど、悔しい気持ちが拭いきれないのはなんでだ。
「あ、満月。キレーだねぇ」
は俺のコートを掴んだまま空を見上げてのんきにそんなことを言ってる……ってホントだ。遮るものが何もない場所で、こんなにゆっくりと満月を見たのは久しぶりだ。
 これからしばらくは落ち着いて自然を楽しむ余裕なんてそうそうないだろう。そして、コイツと二人だけで過ごす時間も。ましてやこんな至近距離で。
 今は余計なことは考えず、ただこの時間を満喫することにしよう。

 お月見タイムはあっという間に終わりを迎えた。眼下に広がる森の中に駅のホームが見えたところで、の身体を抱え込み、来るべき衝撃に構えた。
 象が思い切り足踏みしたかのような爆音が轟く。その直後、全身に走る打撲の痛み。
「いってぇ……」
「いいかげん着地の練習したら」
そう言ってはするりと腕の中から抜け出した。そして庇ったことへのお礼を口にしたあと、呆れ顔だが手を差し伸べてくれた。
「サンキュ」
立ち上がって念のため着地点を見ると、ホームの床にひび割れができていた。まぁ、これはいつも通り教団に請求してもらうことにして。
「アレンくん、いないねぇ」
が残念そうに言った。周囲をぐるりと見回すが、駅にはアレンどころか駅員すらいない。まぁ、明日まで汽車は出ないのだから当然か。
「どこかで休んでるのかもなー」
まさか線路伝いに汽車を追いかけたりなんていう無謀な真似はしていないだろう。俺たちは、手分けして周辺の家を訪ねて回ることにした。

( Heroine )

 アレンくんの居場所は思っていたよりすぐに見つかった。窓から明かりが漏れている家(なぜだかそう多くなかった)だけに絞って捜索したからだ。扉から聞き耳をたてると、アレンくんと村人の一人が会話をしているのが聞こえた。
 村人の話を要約すると、この村の奥の古城にクロウリー男爵という恐ろしい吸血鬼が住んでおり、元々は静かに城に篭っているだけだったのだが、近ごろ村に降りてきて積極的に村人を襲うようになったというのだ。
「うそぉ」
吸血鬼の存在などハナから信じていないラビは気の抜けた声を出した。
「ちょっとラビ……」
ラビの声が聞こえてしまったのか、村人たちが家の奥からバタバタとこちらへ向かってくる。隠れる間もなく、目の前のドアが勢いよく開かれた。
「何奴!」
槍を持ち、黒いフードをかぶった男が叫んだ。
「ラビ! さん!」
男の後ろからアレンくんの声が聞こえた。見ると、椅子に縛り付けられたうえ、大勢の黒ずくめ男たちに取り囲まれている。やけに留守の家が多かったのは、この家で集会が開かれていたからだったのだ。
「はっ……村長、彼らの胸の印章……!」
黒フードの男が、横にいる老夫(村長らしい)に耳打ちした。話の内容は聞こえないが、なんとなく団服に視線を感じる。
「黒の修道士様がもう二人ィー!!!」
急に村長がそう叫んだかと思うと、周りにいた黒ずくめ達が一斉に襲いかかってきた。驚きのあまり悲鳴を出すのも忘れて、私たちはあっという間にアレンくんと同様、椅子へ縛り付けられてしまった。

「……で。黒の修道士って何なんさ、一体」
疲労感を滲ませながらラビが言った。力任せに押さえつけられたものだから髪の毛はボサボサだ。
「実はクロウリーが現れる前、村に一人の旅人が訪れたのです」
その旅人は自らを神父と名乗り、自分と同じ十字架の服を着た者達が事を解決してくれると言い残して去っていった。クロウリーが村人を襲うようになったのは、それからしばらくしてのことらしい。
 十字架の服、ということは……。ラビとアレンくんも同じところに引っかかったようで、たちは三人で顔を見合わせた。

色仕掛け成功。