night 23 : Paventoso


( Heroine )

 暗闇の中、ランタンの明かりだけを頼りに森の奥へ奥へと進む。せっかくの満月も、鬱蒼と生い茂る木々に隠れて見えなくなってしまった。
 たちの予感は見事的中した。あのあと村長に頼んで描いてもらった神父の似顔絵が、紛れもなくクロス元帥そのものだったのだ。
 そして今たちは、村人達が向かうつもりだったらしいクロウリー退治の先導を(強制的に)任されていた。面倒くさがって隙あらば逃げ出そうとしていたラビも、クロス元帥が関わっているとわかるとどうやら諦めがついたようだ。しかし完全に信用されてはいないらしく、たち三人とも、まるで囚人のように片手を縄によって拘束されたままでいた。

 とはいえ現状の報告はしておかなければということで、ゴーレムでの連絡許可だけはいただく。案の定、リナリーとブックマンも、クロス元帥の伝言には従うべきという見解だった。
「三人とも気をつけてね。その……吸血鬼に噛まれると吸血鬼になっちゃうらしいから……ならないでね!」
どうやら吸血鬼伝説を信じきっているらしい、リナリーの心配そうな声がゴーレム越しに聞こえた。
 森を抜け、悪趣味な城門をくぐると、再び鬱蒼とした森林が現れた。しかし今度は先ほどとは一味違い、不気味な悲鳴と奇怪な彫像たちがそこかしこで待ち伏せていた。
 アクマなんていう十分得体の知れないものを退治している身ではあるが、ここまで材料を揃えて来られるとやっぱり少し、怖い。なにかに縋りたくて、一歩前を歩いているアレンくんの団服の袖をそっと掴むと、彼はびくっと肩を震わせてこちらへ振り向いた。

( Allen )

 突然コートを引っ張られ、情けないくらいにビクついてしまった。後ろを振り返ると、心細そうな顔をしたさんが僕を見ていた。僕の中の彼女はこんな場でも飄々としていそうなイメージだったので、僕は重ねて驚いた。
 そういえば、教団に来たばかりの頃はブーツのヒールぶん、さんの方が少し身長が高かった。でも今は、ちょうど僕の目と同じ高さに彼女のそれがあることに気づく。
「あ……ごめんね」
申し訳なさそうにそう言って離れかけた彼女の手を、再度、コートの袖に誘導する。僕の行動に驚いた彼女が口を開きかけたそのとき。
「格好つけてるとこ悪いけど、アレンお前、なんでもう手袋外してんの?」
ニヤついたラビが横から茶々を入れてきた。
「そ、そういうラビこそ、右手がずっと武器をつかえてますけど?」
負けじと言い返す。往生際の悪いラビは「怖くなんてないさぁ」と強がるが、顔には脂汗が滲んでいて、説得力のかけらもなかった。

 どこからか見られている感じがした。周囲に人影は見当たらないけれど、確かに、何かが居る。
「どうしました?」
村長が訝しげに問うた。普通の人間には感じ取れないくらいの気配。それがどんどん、ものすごいスピードで近づいてくる。
 戦闘体勢に入ったさんが袖から手を離す。僕たちは迫り来る何者かを警戒し、三人で背中合わせになった。
 一瞬、甘い香りが鼻先を掠めたかと思うと、少し離れたところで男の悲鳴が響いた。声のした方へ視線を向けると、立ち襟の黒マントを纏った男が、村人の首筋に鋭い牙を突き立てながらこちらを見ていた。
「ふ、フランツが……」
尻餅をついた村人の一人が、そのままの体勢でじりじりと後ずさる。
「フランツがやられた!」
「アレイスター・クロウリーだ!」
周囲の村人が口々に叫び、辺りは一気に騒がしくなった。クロウリーと呼ばれたその男は、こちらの混乱など気にも留めない様子で、村人の首から噴き出す血液を豪快な音を立てながら飲み始めた。これが、吸血鬼と呼ばれる所以……。
 目の前の初めて見る光景に釘付けだった僕たちは、ゴクン、という一際大きな嚥下音で我に返った。
「うわ……うわああああ!!」
「死ぬのは嫌だああああ!」
次の獲物になることを恐れた数人が、仇討ちの命をあっさり投げ出し一目散に逃げていく。村長が引き留めようとする声も虚しく、その場に残ったのは、彼の最も近くにいた数人だけだった。

 あのあと、クロウリーは村人を口に咥えたまま僕たちに襲いかかってきたが、僕の発動したイノセンスにより動きを封じることに成功。しかし彼は僕のイノセンスに噛みついて吸血し、拘束が緩んだところを見計らって城へと逃走してしまった。その際、今にも嘔吐してしまいそうな声で呻いていたのはなんだったのだろう。

 クロウリーに噛み付かれた僕の左手人差し指はジンジンと熱を持ち、見事に腫れてしまっていた。村長とその側近たちが、木の陰に隠れてこちらを遠巻きに眺めている。吸血鬼に噛まれると吸血鬼になっちゃうらしいから――先ほどのリナリーの言葉が、僕の頭の中を駆け巡った。
「その調子でクロウリーめを退治してくだされー!」
村長がこちらに近寄ろうともせず叫んだ。はなから僕たちだけに戦わせるつもりなのはひしひしと伝わってきていたが、とうとう距離感まで他人事になってしまった。
「まぁ、気にすんなアレン」
ラビが距離を取ることもなく、声をかけてくれて安心しかけた矢先。
「噛まれたらどうこうなんてのはただの迷信さー」
――そう言いつつ、その首から下げてる数珠繋ぎのニンニクと右手の杭は一体。

 なんだよなんだよ! こちとらあと一歩ってところまで健闘したってのに、心配くらいしてくれてもいいじゃないか。むしゃくしゃしながら歩き始めると、後ろから追いついてきたさんが横に並んだ。
「さっきは少し怖かったけど、アレンくんなら平気」
それは半分、伝説を信じていることになるのでは……と思ったが口には出さないでおいた。無条件で信用されているのがなんとなく嬉しかったから、それだけでもういいや。 「ありがとうございます。急ぎましょう」
さっきからずっと、連れ去られた村人・フランツさんの安否が気になる。もしもまだ息があるなら間に合うかもしれない。ということで、ふざけた兎は放っておこう。
「冗談だーって」
後ろの方でラビが何か言っているのを聞き流しながら、僕たちは城へと急いだ。

コメディ担当ラビ。