night 20 : Abmarsch


( Heroine )

 けたたましい音と同時にあたし達の身体は病院の外壁を突き破り、床を転がり、反対側の壁に激突した。そして上から降り注ぐ、書類と本の雨。いつもそうだ。この移動方法はとても便利だけど、着地時のブレーキが雑なのだ。
「小僧ども……っ!」
怒りで瞳を光らせながら、本の山からブックマンが顔を出す。その頭の上には、気絶したアレンくんが乗っていた。

( Allen )

 雨の中、騒がしい音を立てながら馬車が走る。時間がないので、次の任務の説明は移動しながら受けることとなった。
 そして先ほどのお仕置きと称して、揺れる車内で僕とラビは正座をさせられていた。
「それじゃあいいかい?」
小さくうなり声をあげる僕たちの様子など気にも留めない態度で、いつもどおりの調子でコムイさんが言った。そろそろ足の感覚がなくなってきた。
「先日、元帥の一人が殺されました」
殺されたのは、ケビン・イエーガー元帥。五人の元帥のうち最も高齢でありながら、常に第一線で戦っておられたお方らしい。教団に入って日の浅い僕でさえ、これがどれほど重大な事件かは容易にわかる。さんとリナリーが蒼白した顔で、驚きに口元を覆った。それに構わず、コムイさんの説明は続く。
「ベルギーで発見された彼は、協会の十字架に裏向きに吊るされ、背中に"神狩り"と彫られていた」
「神狩り……?」
「イノセンスのことだな」
僕が思わず口に出した疑問に間髪入れず、ラビがふと閃いた言葉を口にした。
「そうだよ」
コムイさんは淡々とした口調で続ける。
「元帥は適合者探しのためにそれぞれが複数のイノセンスを持ってる。イエーガー元帥は八個所持していた。奪われたのは本人の対アクマ武器も含めて九個」
「九……っ」
ぐっと息が詰まる。これまでくぐり抜けた死闘のことを思い返すと気が遠くなるような数。一気にかっ攫われてしまった。
「そして瀕死の重傷を負わされてもなお生きていた元帥は、息を引き取るまでずっと歌を歌っていた」

せんねんこうは……さがしてるぅ♪
だいじなハートさがしてる……♪
わたしはハズレ……つぎはダレ………♪

なんとも不気味な話だ。
「センネンコー?」
ラビが聞きなれない単語に首をかしげた。
「伯爵の愛称みたいだよ」
コムイさんが答えた。"千年公"――ロードの別れ際の台詞からして、伯爵のことに間違いはない。それよりも、歌の中で気になる言葉といえば、もうひとつ。
「あの……"大事なハート"って?」
先程とは打って変わって、コムイさんはしばらく静かに目を閉じ、一呼吸置いてから口を開いた。
「我々が探し求めてる109個のイノセンスの中にひとつ、心臓とも呼ぶべき核のイノセンスがあるんだよ。それはすべてのイノセンスの力の根源であり、すべてのイノセンスを無に帰す存在。それを手に入れて初めて我々は終焉を止める力を得ることができる。伯爵が狙ってるのはそれだ」
眼光鋭くコムイさんは言った。初めて聞いた話だったが、驚いている暇はない。これは今すぐにでも最優先で動かないといけないのではないか。
「そのイノセンスはどこに?」
唾を飲み込むと、喉がゴクリと鳴った。
「わかんない」
「……へ?」
先ほどの気迫はどこへやら、コムイさんのなんとも気の抜けた返答に僕は思わず変な声を出してしまった。話によると、目印や特徴に関する手がかりは何もなく、既に回収済みなのか誰かが持っているのかどうかすら謎らしい。
「ただ、おそらく伯爵はイノセンス適合者の中で特に力のある者にハートの可能性を見ている」
その最初の標的がイエーガー元帥だったということか。
「確かにそんなすげぇイノセンスに適合者が居たら元帥くらい強いかもな」
ラビは感心したように小さく笑みを浮かべながら言った。その元帥を倒してしまえるほどの力が、ノアにはある。自分たちが対峙している相手の強大さを改めて実感させられた。
「ノアの一族とアクマ両方に攻められてはさすがに元帥といえど不利だ。各地の仲間を集結させ、四つに分ける。元帥の護衛が今回の任務だよ」
いつもとは毛色の違う内容に身が引き締まる。コムイさんはみんなの顔を見回して、続けた。
「君たちはクロス元帥の元へ!」

 目がさめると、今にも汽車が出発しようとしているところだった。発車ベルの音に起こされたのだ。確か、これが今日最後の便だとコムイさんが言っていたような。そこまで考えて、僕は慌てて入口に駆け込んだ。直後、僕の身体は大きな衝撃を受け、そのままの勢いで前方に倒れ込んだ。
「いてて……」
床に打ちつけた右膝が痛む。起き上がろうとすると、自分の下によく見知った人の顔があるのに気づいた。
「え、さん!?」
「アレンくん?」
そう、僕は汽車に飛び乗った直後、さんと正面衝突して彼女を下敷きにしてしまったらしい。起き上がる前に頬に感じた柔らかい感触、至近距離にある、目をまん丸にしている彼女の顔――。
「すすすすみません!」
僕はびっくりした時の猫のようにそこから飛び退いた。バクバクとうるさい心臓を押さえつけて、必死に声を絞り出す。
「あの、痛いところとかないですか?」
思いっきりぶつかったし、上に乗ってしまった。
「えぇ、大丈夫よ」
そう言いながら、さんは僕が差し出した手をとって立ち上がった。そのとき僕が「すみません」ともう一度言うと、さんは「平気」とふんわり笑った。
「車内に姿が見えないから、探しに行こうと思ってたところだったの。間に合ってよかった」
さんはそう言うと、僕の顔をじっと見つめた。それに応えないと、とは思うのだけど、つい視線が泳いでしまう。
「えっと、僕の顔に何かついてますか?」
単なる照れ隠しで言った常套句のつもりだった。
「えぇ、いろいろと」
そう言ってさんは小さく噴き出す。僕がその意味に気づいたのは、さんに促されてトイレの鏡を見に行ったときだった。

説明回。