night 8 : Requiem


( Heroine )

 どうして彼はこうも騒ぎを大きくするのが得意なのだろうか。対アクマ武器の損傷を告げてしまったせいで、コムリンが執拗にアレンくんを狙い始めた。自らの妹を愛してやまない科学班室長は、リナリーをターゲットから除外させるため、アレンくんをコムリンの生贄にするという暴挙にでたのだ。中心部のドアが開き、妙な腕が伸びてがっちりと足首を掴む。そのとき、抵抗するアレンくんを狙うコムイの不審な行動にいち早くは気づいた。
 今までにないくらい自然な動作でトリガーを引くと、逆四角錐から、細く短い棒状の何かがこぼれ落ちた(ついでに「痛ッ」といううめき声も聞こえた。いい薬だわ)。
「あんたどこまで根性腐ってるのよ、」
そう言っているそばからアレンくんは急に地面へ倒れこみ、引き戻そうと奮闘するリーバーの努力もむなしく、とうとう妖しげな扉の奥へと吸い込まれてしまった。見ると、コムイの手中には、さきほど撃ち落としたはずのものがそっくりそのまま光っている。
「〜ッ、スペア!?」
「備えあればうれいなし、ってね。僕のが一枚うわて」
何かが切れた、音がした。目の前で余裕な笑みを見せている白衣の男を懲らしめたくてしょうがない。後々仕事に支障をきたしてしまうかもしれないとか、仮にも相手は自分より立場が上だとか、そんなことは一切気にならなかった。
 容赦なしに銃口を向けると、コムイは蒼白して表情をひきつらせた。現実的に考えれば本当に撃つはずはないのだが、無言の圧力は彼の正常な判断力を奪ってしまっていた。
 そのとき、逆四角錐から伸びた砲口の上に覚醒したリナリーが降り立った。足元はおぼつかないが意識は完全に取り戻しているようで、彼女は冷静にコムイへ制裁を加える。リナリーの一蹴りでコムリンは製作者ともども城の奥深くへと吸い込まれていき、ついに悲鳴さえも聞こえなくなった。

 城内を満たすものは、けたたましい破壊音から、いつのまにか、修理のための規則正しい金づちの音へと変化していた。そのひとつひとつにもみんなの苦労がこもっているのだと思うと、いたたまれない気持ちになる。人はすっかり出払ってしまっていて、研究室にいるのはリナリーだけだった。
 コムリンの外装は衝撃でボロボロだったものの、内部は驚くほど無傷で、アレンくん本人だって頭を打ったわけではなくただ麻酔の効果が持続しているだけだ。未だに気を失っているアレンくんをソファに寝かせ(彼ひとりを運ぶくらい、なんてことなかった。本人がこれを知ったらどう思うだろう)、水に浸したタオルをかたく絞ってひたいへのせる。その直後、アレンくんがいきおいよく体を起こした。
「っわぁ、びっくり、した……」
まさかこんなに早く目を覚ますなんて予想もしておらず、派手にしりもちをついてしまった。あわてたふうなリナリーに手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。アレンくんはここがどこだかわかっていないらしく、きょとんとした顔であたりを見回していた。
「ありがと、リナリー。……ここは科学班研究室よ。今はみんな城の修理のために出払っちゃってるけど、ね」
彼の聞きたいことを先読みして簡潔に説明する。
 任務をこなし、へとへとで帰ってきた教団内で負傷、などという馬鹿げた事態にならなくてほっとした。けれど城内の破損は激しい。重度のケガ人が出なかったことに関しては不幸中の幸いといえるが、建物と施設の復旧のことを考えるとあまり素直に喜べるものではない。それでもやっぱり、目の前の彼に何ごともなくて安心したというのは事実。
「ケガはないみたいでよかった。どう、シビれはとれた?」
「あ、はい、大丈夫です! そうだ、イノセンス届けに行かないと、」
「おーアレン、目覚めたか」
作業を中断して、リーバーたちが研究室へ戻ってきた。人手が足りないなどとさんざん文句を言っていたはずなのに、わざわざ時間を割いてまで仲間の無事をいっしょになって喜んでくれる。今になってようやく、ホームへ帰って来れたんだと実感できた(どこかの誰かが変なものを発明しさえしなければもっと早くに落ち着けていただろうに)。
 木材や工具を持ったまま現れたのがやっぱりみんならしかった。リーバーなど“科学班班長”という思いっきり室内派のはずなのに、ねじりはちまきが妙に似合っている。けれどジェリーさんがフライパンでなくクワを持っているというのは不思議な感じだった。
「アレン。お前の部屋、壊れてた」
「ええっ!」
とつぜんの宣告に驚くアレンくん。
「困ったわね、そうだ。直るまでの部屋でいっしょに寝る?」
「えええっ!?」
のタチの悪い冗談で、さらに心拍数が上がったみたいだ。必死に遠慮の言葉を続けるアレンくんの赤い顔はリンゴか何かを思わせる。それを見て、まわりから笑い声が溢れた。
「おかえり。アレン、

 コートのポケットから発見されたイノセンスを見て、アレンくんは安堵の息をはいていた。外のガラスケースが壊れていたとしてもなんら問題はないのだけれど、本当にホッとしているようだったのでそのことはあえて言わないでおく。どうせ後にわかることだ。
 包帯でぐるぐる巻きになっているコムイにたっぷりと冷たい視線を投げかけてから、へブラスカのところまで案内させた。
「おかえり、アレン・ウォーカー、。久しぶり……だな、ティム、キャンピー。大変だった……な、コムイのせいで」
「ひどいなーヘブくんまで」
さきほどまでの頭の上にのってじゃれついてきていたティムキャンピーが、へブラスカの言葉に答えるようにまわりを飛び始めた。
「ただいま、ヘブラスカ。こら。ひどいじゃないでしょう、あなたがわるいのよコムイ」
まるで子どものように甘えた声を出しているこの男は、本当に室長なのだろうか? トラブルを起こしてしまうその人格にはもう文句をつけないから、せめて反省ぐらいはしてほしい。強く睨みつけてやると、コムイは笑って肩をすくめただけだった。まったく。
 アレンくんの両手のひらに置かれたララの心臓。小さな立方体がガラスをすり抜け、へブラスカへむかってゆっくりと一直線に飛んでいく。アレンくんは予想どおり驚いていた。
「適合者が不明のイノセンスは、次に元帥達たちが帰還するときまでわたしが保護することになっている」
「クロスを含め、元帥は五人いてね。彼らは任務がてら、不明イノセンスの適合者探しも兼ねてるんだよ」
よほどおおざっぱな巻かれかたをしたのだろう、包帯で口をふさがれているコムイはまるでミイラのようだった。しかし、フガフガとくぐもった声のわりには流暢な説明をする。
「ヘブくんの体内だよ。109個のイノセンスの(ホール)が印されてるんだ」
ヘブラスカの下方に広がったのは、細かい模様がちりばめられた円形の図。そこここに浮かび上がる小さな十字は、の記憶が正しければ、さきほど収まったものを含めて41個あるはずだ。まだ先は長い。

( Lavi )

 最近はなかなか休みの都合があわなかったので、今ちょうど帰ってきていることを知り、イノセンスをヘブラスカに渡しに行くのも後回しにして俺はさっそく部屋へ向かっていた。アレンとかいう新米はつい数時間前、次の任務に向かったらしい。ユウはとっくに現地解散したと聞いた。
 ここを曲がって27歩。すっかり覚えてしまったアイツの部屋。
「なー、。入っていい?」
返事はなかった。ふだんなら、あきれたように笑ってゆっくりドアを開けるか、「だめ、入らないで!」なんて叫びながらあわてて鍵をかけるか、してくれるのに。ノブに手をかけると、ドアはあっさりと開く。怖いくらいに静かだけれど、彼女は外出するときにしか鍵をかけないから中にいるのはたしかだ。
「またダウンしてんの?」
床に広がった漆黒の、タイトドレスみたいな団服の裾がちらりと見える。
「……うん。自分でもダメだなーって、直そうって思ってるんだけどね。そう簡単には、いかないや」
注意深く聞かなければわからないほどささいなものだったけれど、その声は少しだけ掠れていた。了承を得るのも忘れて、遠慮もせずに中へ入る。最初に拒否はされなかったのだし、文句だって言われないだろう。
 部屋はカーテンが閉めきられていて、わずかな月の光さえも完璧に遮断されていた。中を照らすものは、開け放したドアの隙間から差し込むひかえめな光だけ。震えのせいで小さくゆれる彼女の団服は部屋を満たす大きな闇に溶け込んでいた。うつむいたままの
「別に、我慢して直すことねぇじゃん」
弾かれたように顔を上げた。涙の跡はない。
「俺はの優しいところが好きさ。たしかに、いちいち死に敏感すぎるのは辛いかもしれんけど、そういう普通の感覚も必要だと思う。無理に変わろうとすんのはやっぱりよくないさ」
 なんでわかったの、という顔。わかるに決まっている、こんな簡単なことが読めないほど短い付き合いではないし、目の届く範囲であればそれこそ言葉どおり、俺はいつもコイツばかり気にしているのだから。が、強い自分を演じる余裕をなくしてしまうのは、仲間を失ったとき、だ。
 常々思うが、彼女はエクソシストのくせに優しすぎる。……いや、むしろ、
「死っていうものに慣れすぎた俺らが異常なのかもな」
任務遂行のために必要な犠牲だったから、と割りきってしまえば涙なんていくらでも堪えられるし、体調にも何ら支障はきたさない。仮にショックを受けたとしてもそれは一時的なもので、彼女ほど後を引いたりはせず、長くて数時間。
 たいして面識のない捜索隊一人の名誉ある死でさえ、食事も喉を通らなくなってしまう彼女の姿は、見ていて痛々しい。
 けれど、なにくわぬ顔で彼らの犠牲を踏み台にしてしまう彼女の姿など想像がつかない。いや、そうなってしまえばそれは彼女ではない。
「俺、には今のまんまでいてほしい。まわりのヤツを自分のことみたいに心配して、代わりに泣いてやって。そんで、苦しくなったときは俺んトコくればいいさ」
手を引いて腕の中に収めてみるけれど、は驚いた様子もなくゆったりともたれかかってきた(あーやっぱこういうところは年上なんだ、感服なんだか悔しいんだかよくわからない気分)。けれど、子どもをあやすみたいに頭を撫でてやると、小さな嗚咽が聞こえ始める。泣いたところで死人が生き返るわけではないけれど、それでも弔いくらいにはなるだろう。
 喜べ、おまえらのために、こんなにも心を痛めているやつがいる。

フライング登場、そしておいしいとこどり、ラビ!