tune 12 : secret garden


「あ、そうだ忘れてた」
ハウルは駆け出そうとした足を止め、部屋の中へ私を招き入れた。そして私に見えるようにクローゼットを開けてみせる。そこには、色とりどりの可愛らしい服がずらっと並んでいた。派手すぎず地味すぎない、ちょうどいいくらいのデザインだった。
「ほら、服もそろえたんだ。二着だけじゃあ女の子はいろいろと大変だからね」
サイズだけでなく服の趣味まで理解しているなんて。嬉しいと言う気持ちを通り越して、なんだか恥ずかしく思えてきた。それに、ハウルがこんなに女の子慣れしているなんて、少し不安だ。でも今は、そういう暗いことは気にしないようにしよう。さっき迷惑をかけたばかりだ。
「よし、次だ!」
ハウルはクローゼットの扉を優しく閉め、再び私の手を握った。彼の表情はまるで子供みたいにウキウキしていて、私まで元気になってくる。こんなにはしゃいでいるハウルを見たのは初めてだった。

 次に来たのは一階で、扉を開けるとそこには、今までからは考えられないほどに綺麗なトイレがあった。今度はお風呂と別々にしたらしい。
「トイレも作ったんだ。家族が増えたからね。次」
ハウルはそう言うと、今度は、カルシファーのいる暖炉の近くにある扉を開けた。そこはなんだかあったかい雰囲気のする部屋で、窓から柔らかな日の光が差し込んでいた。
「ここはソフィーの部屋」
なるほど、ソフィーさんらしい空気だと思った。この部屋を見るだけで、なんだか落ち着いてきた。ものすごく、リラックスできる。
「よし、最後だ」
ハウルに連れられるまま、私は出入り口の前に立った。その時、うしろからカルシファーの声が聞こえた。
「おいハウル。デートでもしてるつもりかよ」
「まあ、そんなもんだね」
ハウルは余裕な笑みを浮かべながらドアを開けた。うしろではカルシファーが舌打ちをしている。暖炉から動けない彼が少し可愛そうだった。
 でもそれよりも、今は自分の鼓動と頬が気になる。デート、みたいなもの。それはいったいどういう意味なんだろうか。しかしハウルに問いただそうか迷っているうちに、とつぜん現れた美しい景色に心を奪われ、何も考えられなくなってしまった。

への、とっておきのプレゼントだよ」
一面の花畑。それは見渡すかぎりどこまでも続いていて、まるで夢でも見ているような感覚だった。お引越しのときに感じた自然よりももっと、優しい風が吹いている。それにのって、美しい花の甘い匂いがこちらまで届いた。
 なんだか、いつかここに来たことがあるような気がしたけれど、この感動の前ではそんなことはどうでもよくなってしまった。
『ありがとうハウル。すごくすごくうれしい!』
私はハウルに抱きついた。嬉しさのあまり、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。自分からこんなに大胆なことをするなんて。今までの私からは信じられない行動だった。
 ハウルの香水の香りと花の香りが混ざって、なんだか不思議な感じがする。ハウルは私を優しく抱きしめ返してくれて、心地いい体温が伝わってきた。
に喜んでもらえてうれしいよ」
ハウルはゆっくりと腕を離し、周りの花たちに負けないくらい美しくほほえんだ。私はこれが現実なのかそれとも今夢をみているのか、よくわからなくなってきた。それほど、すべてが素敵なのだ。

「ちょっと歩こうか」
ハウルの穏やかな声とともに、彼の手が私のそれを包み込むように優しく握った。ハウルは私の歩調に合わせて歩いてくれて、疲れたり無理をすることなく散歩を楽しめた。
『これぜんぶ、ハウルの魔法なの?』
「少しね。花を助けるのに」
ハウルはもう、筆談などしなくても私の言葉をわかってくれていた。マルクルやソフィーさんも理解してくれているけれど、ハウルほどではない。ほんとうに、彼は私の理想の人だと思った。それだけに、ものすごく高嶺の花なのだけれど。
 そして、魔法は素敵だなとも思った。今まで私が見てきた魔法は、引越しをしたり洗い物をしたりと“便利”なものばかりだった。でも、花を助けたりもできるなんて。魔法を覚えてみたいな、なんて思ってしまうほどだった。
 しばらく歩くと、丘の下に小さな小屋があるのを見つけた。花に囲まれていて素朴な感じがして、素敵だと思った。
「僕の大事な隠れ家さ。子供の頃、一人でここに来て夏をすごした」
『一人……で。』
「魔法使いの叔父が僕にこっそり残してくれた小屋なんだ。なら好きに使ってもいいよ。特別だ」
どうしたんだろう。さっきのハウルとはうってかわって少し寂しげな表情を浮かべている。ハウルが悲しいと、私も悲しい。気持ちを共有でもしているかのようだ。

『ねぇ、ハウル。本当のことを言って。私、ハウルが魔物でもぜんぜん平気。』
あの夜に見た夢の中で思った気持ちは、私の本心。今でもその思いは変わっていない。ハウルを助けたい。そのためなら何だってしてみせる。しかし真剣な私とは対照的に、ハウルはごまかすような笑みを浮かべた。
「僕はが安心して暮らせるようにしたいんだ。ここの花を摘んで……花屋を開こうか。ね、ならきっとできるよ」
『……そうしたらハウルは行っちゃうの? 私はそんなのいや。ハウルの……ばか。私が安心して暮らすのには、ハウルが必要不可欠なのに。』
ハウルはそれっきり、黙ってしまった。だが今回ばかりは私も引けない。ハウルがいなくなってしまうなんて、そんなのぜったいに嫌だ。ワガママと言われようがなんだろうが、それだけは譲れない。
『私、ハウルの力になりたいの。……ハウルみたいに綺麗じゃないし、泣き虫だし、歌だって今は歌えないし、できることといったら家事くらいだけど……。』
「そんなに自分を卑下しないで。は綺麗だし可愛いよ」
ハウルは真剣にそう言ってくれるけれど、いつもよりぜんぜん嬉しくなんてない。照れたりもしなかったし、むしろ、ものすごいショックが私を襲った。彼が、「行っちゃうの?」の問いには、答えようとしなかったから。

 とつぜん、ものすごい音が鳴り響いた。この美しい花畑にはまったく似合わない、醜い騒音だ。見上げると、大きな戦艦が何台も空を飛んでいて綺麗な青空が台無しになってしまっている。それを見て、さきほどまで続いていた夢みたいな気分は一瞬にして覚めた。
『あれは敵なの? それとも味方?』
「どちらでも同じさ」
ハウルはいつの間にか険しい顔になっていて、戦艦を見つめながら不適に口元をゆがめた。
「町や人を焼きに行くのさ……人殺しどもめ!」
ハウルが強い口調で言いながら片手を動かすと、戦艦の両脇についた無数の羽が爆発し始め、その場に不時着した。ものすごい、光景だった。
『ハウルが……やったの?』
「ちょっと動けなくしてやった。でも、見つかっちゃったね」
ハウルは苦笑し、私の腕を取った。不時着した戦艦からは、帽子を被った虫のような魔物がゾロゾロと這い出している。生まれてから一度もそんなものを見たことがない私は、急に気分が悪くなった。
「サリマン先生の下っ端の下っ端さ。走るよ!」
『きゃ!』
いつの間にかハウルは鳥のように変化していて、私ともども空へと舞い上がっていた。空を走るのなんて初めてでものすごく怖いし、落ちたらどうしようという不安が私を襲う。でもここで立ち止まれば、サリマンさんの手下に捕まってしまうのは確実だろう。私はパニックになりながらも必死に足を動かした。
 空中を走るというのは不思議なもので、地面を走っている時とは感覚がまったく違う。今の速度は速いのか遅いのかが、よくわからない。
「そのまま、まっすぐあそこへ走れ」
目の前に、城の入り口が見えた。その時ハウルが今までつないでいた手をとつぜん離したので、私は一瞬、息ができなくなるかというほど驚いた。ずっと彼に頼っていたせいか、一人で空中を走るというのはなんだか心細いし難しい。魔物への恐怖と極度の運動が重なって、心臓が異常なほどドキドキしている。
 私はこけそうになりながらも城の中へと転がり込んだ。

ほのぼのより何より、さんを困らせるのが一番楽しい。