tune 7 : uneasy mind


「汝、流れ星を捕らえし者。心なき男、おまえの心臓は私のものだ……テーブルがだいなしだね」
ハウルはそう言うと、焼印の上に手をかざした。すると、焼印は跡形もなく消え去ってしまった。魔法使いの見習いであるマルクルでさえも、それには驚いているようだ。
「すごい! 消えた!」
「焦げめは消えても、呪いは消えないさ」
ハウルは焼けた手を気にしながら皿を持った。火傷みたいに見えるけど、だいじょうぶなの……かな。魔法とか、呪いとか、私にはよくわからないけど、ふつうの火傷より、厄介じゃないのかな? すごく、不安だ。
「そんなに心配しなくてもだいじょうぶさ、。……諸君、食事を続けてくれたまえ」
そう言うと、ハウルは残っていた朝食すべてをカルシファーに与えていた。なにも食べなくても、平気なんだろうか。
「カルシファー、城を百キロほど動かしてくれ」
「うめぇ」
カルシファーはハウルがくれた朝食を豪快に味わっている。ハウルは階段を登り、途中で顔を出した。
「それから、風呂に熱いお湯を送ってくれ」
またお風呂に入るらしい。帰ってきたばかりだから当然なのかもしれないけれど。カルシファーは仕事が増えて、不満そうな声を上げていた。
「えぇ、それもかよぉ」

 朝食が済むと、ソフィーさんの希望で、ふたたびそうじをすることになった。リビングはすでに綺麗になっているので、マルクルの部屋がターゲットにされていた。私は、お皿を洗いながら背中で二人のやりとりを聞いている。
「私なら大事なものを見つからないように隠すけど」
からかうようにソフィーさんがそう言うと、マルクルはものすごい勢いで階段を駆け上がっていく。
「僕の部屋は最後にして!」
そんな声が聞こえた。ソフィーさんはクスクスと笑っていて、マルクルをからかうのを楽しんでいるようだ。……本当に、ソフィーさんがおばあさんだとはとても思えない。言うことが説教くさくないし、足腰だって丈夫みたいだし、なんだか雰囲気が若々しい。あこがれるな……。
「洗いもの、手伝いましょうか?」
一人で洗っていると、ソフィーさんが声をかけてきた。とちゅうでハウルに交代したとはいえ、朝食を作ってくださったのに、洗いものまで頼むわけにはいかない。首を横に振ると、ソフィーさんは「そう」と言って、二階に上がっていった。マルクルの部屋をそうじするんだろう。
 ソフィーさんは、すごくいい人だ。私がしゃべることができない理由をむりに聞き出そうとしないし、わずかな反応から、私の言いたいことを聞き取ってくれる。優しいし。……ハウルもきっと、こんな人を好きになるんだろうな。私みたいな弱い女じゃなくて。……何考えているんだろう。いつのまにか洗いものは終わっていて、私は物思いにふけってしまっていたようだ。

 洗いものが終わると、また今日もそうじざんまいの日だった。ソフィーさんが仕切っているせいか、昨日よりもハードだ。私は、すでに綺麗なリビングで再び雑巾がけをしていた。いくら昨日そうじしたとはいえ、一日経てばまた汚れてくるものだ。
 誰かが、階段を下りてくる音がした。
。また出かけてくるよ。るすばんをよろしく」
朝食の後、ずっと寝ていたんだと仮定しても、まだまだ睡眠時間は足りていないはずだ。朝食もとっていないし、本当に、だいじょうぶなのかな……。ただでさえ、男の人にしては、こんなにきゃしゃなのに。
「どうしたんだい? 
私は、ポケットからペンと紙を取り出した。すぐに使う事が出来るように、持ち歩く事にしたのだ。
『からだ、だいじょうぶ? 眠くないの? お腹は空いてない? 病気にならないでね。早く帰ってきてね。』
なんだか、すいぶんたくさん書いてしまった。心配なことが多すぎて、どれかにしぼるなんてこと、できない。
「だいじょうぶ。が心配してくれて嬉しいよ」
そう言ってハウルは三回、私の頭をぽんぽんとなでると、にっこりと笑って出て行った。だいじょうぶとは言っていたけれど、なんだか心配で仕方がなかった。

 ハウルのことばかり考えていたので私はすごく疲れてしまって、ソフィーさんの気遣いで、お風呂に入ってすぐに寝てしまった。おばあさんよりも体力がないなんてなさけないが、本当に疲れてしまったので仕方がない。
 朝起きてみると、すでに朝食の用意は整っていた。早く寝たはずなのに、ソフィーさんよりも遅く起きるなんて、申し訳なくて仕方がない。
「おはよう、。いいのよ、気にしなくても」
そう笑って言ってくれるが、本当に申し訳なく思えてくる。お皿洗いだけは絶対に自分でやろうと思った。
 今日の服は、ハウルから貰った、あの白いワンピースだ。もと着ていた服とこれの二種類しかないので、必然的に今日はこれが回ってくるのだ。ハウルはまだ帰ってきていないみたいだけれど、これを着ていると、なんだか寂しくなくなるような気がした。
『おはよう、マルクル。ソフィーさん。』
そう言った後、私はカルシファーのいる暖炉へ向かった。そして、予備の薪を置いてやる。なんだかこれが日課みたいで、楽しい。
『おはよう、カルシファー。』
「おはよう。今日は遅起きだな」
なんだかカルシファーとお話しするのは楽しくて、気分が軽くなる。火の悪魔だって聞いたけど、悪魔という感じはしないな。
 テーブルに着くと、さっそくみんな朝食をとり始めた。最初からハウルのいない朝食なんて初めてだ。ソフィーさんには悪いけれど、いつもよりおいしくないと感じてしまった。ハウルがいないと、日常ってこんなに味気ないものなんだ。いつのまにか、私にはハウルが必要不可欠になっていた。

 朝食が終わってお皿洗いも終わると、ソフィーさんとマルクルと私の三人で、街へお買い物に出かける事になった。湖以外では、ひさびさの外出だ。ソフィーさんは、お気に入りらしい、少し使い古された帽子を被っていた。私はというと、帽子もなければアクセサリーもない。でも、いい。この白いワンピースだけですべてがチャラになる気がする。
 ドアを開けると眩しい光が差し込んできて、湖とはまた違った心地よさだった。ざわざわという雑音がなんだか新鮮で、少しわくわくする。
 歩いていると、露店がそこらに開かれているのが目に入った。色とりどりの小さなアクセサリーが、日の光でキラキラと反射している。それを見て私が呆けているのに気付いたのか、先頭を歩いていたマルクルが立ち止まった。
、欲しいの?」
そう言ってマルクルは首をかしげた。いくらお金をたくさん持っているとはいえ、私はいちおう居候の身だ。何かを買ってもらうなんて、そんなの贅沢だ。このワンピースでじゅうぶん満足……。
「はい、。これあげる」
私が必死で悩んでいるあいだに、すでにマルクルはアクセサリーを買ってしまっていた。私なんかを城においてくれるだけでも嬉しいのに、プレゼントまでもらえるなんて。
『ありがとう、マルクル。』
私はあんまり嬉しかったので、買ったその場でそれを身に着けてしまった。薄いピンクの石がキラキラしていて綺麗な、ブレスレットだった。
「似合うよ、!」
まだまだ小さいのに、女の子にアクセサリーをプレゼントするなんて。嬉しいと思うと同時に、さすがハウルの弟子だとも思った。

 それからどんどん歩いていくと、今度は野菜や果物を売っている店ばかりが立ち並んでいた。ソフィーさんは片っ端から品定めをして、どんどん荷物を増やしていく。マルクルだけでは大変そうなので、私も少し持つことにした。
 と、その時。街のざわめきが変化し、人々はみんな同じ方向へと駆け出した。さきほどまでソフィーさんと交渉していた魚屋さんも、他の住民たちと同じように駆けて行く。ソフィーさんは、みんなと同じように走って行こうとしている男の人を捕まえて、何があったのかとたずねた。
「戦争から船が帰ってきたらしい!」
そう早口で言うと、その男の人は行ってしまった。
 港へ向かうと、そこにはものすごい人だかりができていて、あまり近くによる事はできなかった。その時、ソフィーさんが何かに反応した。
「二人とも、隠れて」
私たちは、言われるまま、物影に隠れた。
「荒地の魔女の手下だわ」
真剣な面持ちで説明するソフィーさんの視線の先には、背の高い、極端に露出の少ない服を着た奇妙な人物が立っていた。いや、もしかしたら“魔女の手下”というくらいだから、人でさえないのかもしれない。さいわい、こちらの存在には気付いていないようで、私たちは逃げるようにその場を去った。

 城に帰っていそいでドアを閉め、暖炉の前に置いてあるイスに座って私たちは一息ついた。荒地の魔女の手下がどんなやつなのかは知らないけれど、ロクなことをしないだろうというのはわかる。すごく、怖かった。
 どどど、という、誰かがあわただしくろうかを走る音が聞こえた。もっとよく聞こうと耳をすませていると、視界に、オレンジ色の髪をしたハウルの姿が飛び込んできた。腰にタオルを巻いているだけ……の……。
「ソフィー! お風呂をいじっただろ!」
いつものハウルの口調じゃない。こんな怒ったハウル、初めて見た。でもソフィーさんはまったく怯えてなどいないようで、ひょうひょうと答えた。
「えぇ、だって汚かったんですもの」
「まじないが解けてしまった! だからそうじは程々にって言ったのに!」
まじない……そうか、だから私に“お風呂はいじるな”って言ったんだ。おしゃれや外見に人一倍気を使う彼のことだ。髪の色一つでもそうとうなショックなんだろう。
「その色も似合ってるわよ」
ソフィーさんはすかさずフォローしたが、ハウルは落ち着きを取り戻そうとはしない。髪の色が、オレンジから黒に変わっていく。いったい、どうなってるの?
「なんたる絶望! なんたる苦しみ、悪夢だ!」
ハウルはそう叫んで、イスにへたり込んでしまった。私はハウルをなぐさめようと近づいたが、彼の体にとつぜん起こった変化に目をみはった。ハウルの体から、半透明な緑色の液体が噴き出しているのだ。
「闇の精霊を呼び出してる! まえ女の子にふられた時と同じだ!」
マルクルが叫んだ。ハウルが、女の子に……ふられた? 私はハウルの今の状況よりもその一言のほうがなぜかショックで、一瞬思考が止まったかと思った。

街での描写をどうしていいかがわからない。