No.160 : Coach


 キルアが発見した対処法のおかげで巨人との戦闘はあっけなく終わりを迎える。しかし次々に敵を撃破する爽快感に魅了された結果、カードの回収についてはおざなりになってしまった。カード化を解かれた巨人の骸があちこちに転がっている。
「ちょっともったいなかったね」
ゴンの言葉にが頷く。
「うん。さすがにこれは食べられないし」
どんなゲテモノでもいける口だが、今回ばかりはどうにも抵抗があるのだという。しょんぼり肩を落とすにキルアは怪訝そうな目を向けた。
「気にするのそこか……?」

 とはいえ、バインダーに保存できたカードはそれなりの数だ。さらに今回の戦闘で得られたのはなにも有形のものだけではない。
「――これではっきりしたな。怪物にはそれぞれ、ちゃんと弱点やクセが設定されてる」
単純な力押しは意味がなく、怪物の性質に合わせた戦法をとる必要があること。このゲームを進めていくにあたり、おそらく最重要と言っていい情報だろうとキルアは確信する。
「よくできてるよね」
がしみじみ言うと、ゴンは得意になって胸を張った。
「だってジンの作ったゲームだからね!」
「……はいはい。そーだったな」
やけに熱が入っているのは広場の件を未だに引きずっているせいだろう。キルアは噴き出しそうになりながらゴンの言葉に同意した。

 一つ目巨人に勝利したことで勢いづいた三人だが、それ以降はからっきしだった。どこを攻撃してもまるで響かない巨大なトカゲに、目で追うことすら不可能な黒い毛玉、触れると破裂する泡で足止めしてきたかと思えばあっという間に姿をくらませてしまう馬。他にも数多の怪物と出会ったが、どれひとつとして最初のようにはいかなかった。
「お!」
キルアが声を上げた。岩の狭間から、全身を鎧で覆った人型の怪物が歩いてくる。先ほど遭遇した自由に徘徊する軟体生物とは違い、鎧は明らかにこちらを目指していた。どう見ても敵意がある。

「今度は手強そうだね」
ゴンの評価におおむね二人も同意だった。倒せそうならばとりあえず挑戦、厳しければ即逃げるべし――はじめに決めた方針で言うと後者だろうか、みながそう判断しかけたそのとき。
「凝!!」
背後から投げかけられた甲高い声が周囲の岩壁に反響する。振り返ると、自分たちを追っていたあの淑やかな少女が仁王立ちでこちらを見下ろしていた。
「ほら、よそ見すんな!」
イメージとは随分かけ離れた口調だが、彼女のセリフには一理あった。三人は視線を鎧に戻し、耳だけは彼女の声に備えた。
「凝。できるの、できないの?」
じれったそうな鋭い声で問われ、三人は急いで目の周りにオーラを集める。すると、鎧の継ぎ目から細いオーラの筋が伸びていることに気づいた。

 一方が鎧の騎士の狙いを惹きつけている間に、もう一方がオーラの元をたどる。そこにいたのは怯えた顔の小さなネズミだった。ずいぶん臆病な性格のようで、見つけたとたん自分からカードと化してしまう。
「カードゲット!」
ゴンはそう言って嬉しそうにカードを拾い上げた。同時にキルアとの目の前では、オーラの支えを失った鎧が音を立ててバラバラに散らばる。
「なんだ。凝、できるじゃないの」
一瞬で高台から降りてきた少女が拍子抜けしたように言った。
「なんで言われるまでやらなかったの?」

 三人は互いに顔を見合わせたが、出てくるのはごにょごにょと煮え切らない返事だけだった。
「忘れてたわけね」
呆れた顔で少女が言う。基礎の修行は相変わらずの日課だが、凝については値札市で品物を物色したのが最後なのだ。すると、少女が突然右手の人差し指を静かに立てた。その理解不能な行動を前に無言の時が流れる。
「――何ボサッとしてんだよ、凝!!」
耳をつんざく大音量に三人は思わず飛び上がった。一瞬しか見えなかったが、足も竦むような鬼の形相が脳裏にこびりつく。

 荒ぶる心臓を抑えつつ言われたとおりに凝をおこなうと、少女の指の先でオーラがはっきりと形を成していた。
「何が見えた?」
「数字の一(いち)!」
三人の声がぴったりと揃う。少女は満足げに微笑むと、今後もこのやりとりを定期的に行うこと、何か怪しい雰囲気を感じた場合もすぐに凝を試すことを取り決めた。

「これからは私が特別にコーチしてやるからね。特別にタダでいいよ」
そう言って得意げに胸を張る少女は、幼く可憐な見た目に反してどこか貫禄に満ちていた。すっかり飲まれてしまったゴンとの横で、キルアだけは不服そうに眉を釣り上げる。
「はぁ!? 寝ぼけんなよ、お前いったい何を……」
言い終わらないうちに、少女の人差し指が再び立てられた。
「数字の五!」
ゴンとが即座に叫ぶ。反応速度ではゴンが優っていたが、凝の発動でなんとかが食らいついた結果だ。

「正解。それじゃ、お前腕立て二百回」
今度は少女の人差し指がキルアの姿を捉えた。もとより顰められていた顔がさらに苦々しげに歪む。
「ふざけんな! 誰が……ぶへっ」
威勢のいい反発を見せたキルアだったが、容赦ない少女の拳によりあっけなく口を塞がれてしまったのだった。