No.158 : Illness


 顔半分を覆い隠す口当て、そして山鳩色の装束で揃えたその者たちは、大きく跳躍したかと思うと一斉にゴンたちの目の前へやってきた。戦闘開始と読んで即座に身を硬くする三人だったが、彼らは着地と同時に驚くほど滑らかな動作で土下座の体勢をつくった。
「お願いします! 助けてください!」
静かな森に、ぴたりと揃った哀願の声が木霊する。出会ったばかりの大の大人に突然平伏され、三人は大きなまばたきをくりかえした。

 詳しく話を聞いてみると、彼らの集落は恐ろしい風土病に侵されていた。始めは微熱だったものが徐々に高熱になっていき、最終的には死に至るのだという。そしてそれを抑えるための唯一の手段、解熱薬を買う金はもう、とうにないのだと語って彼らは泣いた。
「すでにここにいる全員が患っており、盗賊業もままなりません」
どおりで、出会った直後からそこかしこで咳が止まないわけだった。病で満足に金策ができない彼らに待っているのは、全員で死を迎える未来のみだ。
「最初に感染したこの子は特に急を要していて、おそらくあと二、三日の命です……」
先ほどから最も口数の多い男が、横になっている少年を痛々しげに見下ろした。咳き込みつつも辛うじて体の自由がある大人たちとは異なり、少年は顔を歪ませて浅い呼吸を繰り返しているのみだ。よほど末期なのだろう。
「なんとかお金を恵んでいただくことはできないでしょうか」
隣の女性が沈痛な面持ちでゴンたちの顔色を伺った。

「……これってゲーム語だよね?」
ゴンが声を潜めてキルアに尋ねた。
「ああ。金をくれればお得な情報やアイテムを差し上げます、ってとこかな」
ロールプレイングゲームではよくある展開に、キルアは至極落ち着き払っていた。今まで何度この手のイベントをこなしてきたかわからない。過去の経験からして、彼らを助けることはもはや当然の流れだった。
「えーっと、いくらくらい払えばいいの?」
「十二万ジェニーです」

 ゴンの問いに返ってきたのは、現状、自分たちの全財産で払えるギリギリを攻めた額であった。頼りなさそうなそぶりのわりに、きちんとこちらの懐事情を把握している点はやはりゲームキャラクターである。
「ねぇ、助けてあげようよ」
そう言って二人の袖を引くの顔はこれ以上ないほどに青ざめていた。キルアからしてみればいかにもなイベントの導入に過ぎないが、にはしっかりと響いているようだった。くじら島でも、ドット絵世界での出来事にすら一喜一憂していた彼女なら無理もないか、とキルアは小さく噴き出す。
「あぁ。そのつもり」
動機は同情や心配からくるものではなく、見返りその一点だけなのだけれど。

「あのっ、その額ならワタシも一応出せますよ」
結局、森からここまでついてきてしまった少女がにこやかに名乗りを上げた。十二万の出費という痛手を負ってでも仲間に加わりたいとはなかなかの執念である。しかしキルアは顔を綻ばせるどころか、煩わしそうに眉尻をつり上げた。
「あー、いいから。ちょっと黙っててくれる?」
その散々な扱いに少女の表情は天使から般若へと一変したが、幸運にも背後で起きている変化に気づいた者はいなかった。

「わかりました。十二万ジェニーお渡しします」
ゴンが代表して承諾すると、集落民たちは涙を流しながら頭を下げた。
「本当にありがとうございます!」
「ああ、なんとお礼を言ったらいいか!」
とめどなく紡がれる礼の洪水に圧倒されていたのもつかの間、これまでずっと意識のなかった少年が突然身じろぎをした。それは回復によるものでは決してなく、彼の顔はいつの間にか真っ青になっていた。

「寒い……寒いよ父さん」
少年はうわごとのようにそう繰り返す。男はあわてて彼の顔を覗き込んだかと思うと、今度は力なく天を仰いだ。
「ああ、なんてことだ……こんなときに子ども服があれば!」
なんともあからさまな提案と泣きの演技だったが、すでに十二万を支払ったゴンたちにはいまさら断る選択肢など残されていない。

 ゴンが返事を半分口にした瞬間から、先回りした感謝の言葉が飛んでくる。着ていた上着を手渡すと、それはさらに勢いを増した。
 少年の父親とゴンの思いやり劇場を大人しく見ていたキルアはいよいよ我慢の限界だった。
「いや、お礼なんていいんで」
大事なのはその先の品である。しかし不自然な沈黙の後に返ってきたものは、望んでいた言葉ではなく、少年の激しい咳き込みだった。

 かすかにあった違和感が明らかな疑心に変わったのは、五度目の要求の後だった。
 ゴンの服に引き続き、キルアの服まで被せられたにも関わらず、少年はまたもや盛大に咳き込んだ。もはや保温の問題ではないのでは、と内心呆れ始めていたキルアだったが、少年の父親はさらなる衣服を要求する。
 さすがに肌着まで渡す気にはなれず、断りを入れようとした二人の横でが動いた。着ていた服の両端に手をかけ、ほんの少し前かがみになる。その先に待つ展開を先読みしたキルアはギョッとして彼女の手を掴んだ。