No.157 : Rejection


 強面の店員は相変わらずの無表情でカウンターに立っていた。これまで幾度となく利用してきたにも関わらず、彼の対応には毎度なんの変化もない。
「ねぇ、マサドラってどこにあんの?」
「マサドラの場所なら三千ジェニーになります」
そのあまりにNPC然とした言動に、もはやキルアの彼に対する礼儀は皆無だ。
「たけーよ! 何度も来てんだから少しはまけろよ」
「三千ジェニーになります」
キルアの勢いなど物ともせず、店員は機械的に同じ言葉を繰り返した。値引きに関するプログラムはないらしい。
 範疇外のことに執着しても仕方がないと、早々に諦めたキルアは大人しく提示された金額を支払った。

 マサドラへの道筋、周辺の大まかな地理、そして休息ポイントの解説がなされたところで、キルアは二人に小さく耳打ちした。自分たちの足ならば休む間もなくたどり着けるであろうという読みだ。
「――まあ、そこまで生きてたどり着ければ、の話ですがね」
突然、不穏な言葉が店員の口からこぼれ出た。すっかり他へ向いていた意識が再び彼に引き戻される。

 店員は三人の視線を浴びながら、山には山賊のすみかがあること、それを運良く回避できたとしても、その先には怪物が生息していることを淡々と告げた。
「山賊!」
「怪物!」
そう声を上げるキルアとゴンの顔は生き生きと輝いていた。脅しのつもりで語られたのだろうが、いよいよゲームらしくなってきたという点ではただの嬉しい知らせでしかない。

 そしてもまた、その出会いの先にある見返りまで想像して胸を躍らせていた。というのも、先日食したガルガイダーの味に魅了されて以来、グリードアイランドという場所にさらなる可能性を感じてならないのだ。――現実世界でも、ある生物が発見されてからしばらくして食用可能と認知される事例は多い。つまり一言に怪物とだけ称される種であろうと、とりあえず食してみる価値はあるということだ。
 はいつのまにか垂れそうになっていたよだれに気づき、あわてて口元を引き締めた。

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 水と食料の調達を終えた三人は、最後に特大スパゲティを食べ納めてからアントキバを発った。北側の門を出ると、店員から得た情報どおりはるか先に険しい山々が待ち構えている。
「よーし、出発!」
そう言って軽快に歩きだしたゴンに合わせて、キルアとも横に並んだ。
「待ってください!」
突然背後から降りかかった声に、三人は驚いて足を止める。振り返ると、見覚えのある少女が瞳を潤ませて立っていた。

 つややかな金色の髪を二つに結い、丸みを帯びた赤いワンピースからは華奢な手足が覗いている。おそらく同年代であろう彼女との出会いにの胸は高鳴った。
「あー、あの時の」
キルアがそれほど興味もなさそうにポツリと呟く。言葉を交わしたことこそないものの、彼女の存在については三人とも認識があった。プレイヤー選考会に始まり、先日の広場でも、彼女の風貌は自分たち以上に異彩を放っていたからだ。

「あの……私を仲間に入れてください!」
少女の儚げな仕草とまっすぐな眼差しはまるで魔法のようにキラキラと輝いていた。庇護欲をかきたてられ、二つ返事で承諾しそうになったの前に突然キルアの腕が伸ばされる。
「あーごめん。ムリ」
待て、の合図を律儀に守ったは目を丸くしてキルアを見つめた。まさかなんの検討もなしに突っぱねるとは思っていなかったのだ。

「ど……どうしてですか!?」
驚きのあまり若干表情の崩れた少女が声を張り上げた。
「ジャマだから」
しれっとそう答えると、キルアは容赦なく踵を返した。ゴンも特に言うことはないようで、黙ってキルアの後に続く。一瞬で振られてしまった少女はというと、ショックで硬直したままその場に立ち尽くしていた。

 そんなことなど気にもせず、どんどん進んでいくキルアの横にもあわてて並んだ。ちらりと彼の顔を見る。
「ほんとにいいの……?」
同性の友人ができる未来をほんのり夢見ていたには、すぐには受け入れがたい展開だった。するとキルアは呆れたような顔でため息をつく。
「素性もわかんない奴といきなり組めるかよ」
これにはも納得するしかなかった。どれだけ人畜無害な外見をしていようと、腹の内もそうだという保証はないのだ。しかし話くらい聞いてもいいのでは――と言いかけたより先に「それに」とキルアが続ける。
「せっかく楽しくなってきたってのに、他人に気ィ使いながら旅するとかゼッテーやだ」
清々しいほどに確固たる意志がこめられていた。結局はその一点に尽きるのだ。そんな彼を説き伏せられる気がしないは「そっか」と弱々しく返すと、そのまま大人しく二人の後に続いた。

 山裾の森に踏み込んだ三人の歩みは、みるみるうちに速度を上げていった。そして気づけば現在、かなりのスピードで木々の間を駆け抜けている。は、この先にあるという山賊の住処に気もそぞろだった。
「……で、どうする?」
ゴンがちらちらと後ろを気にしながら切り出した。早足の理由は追っ手を振り切るためのはずだが、肝心の少女は汗一つかかず一定の距離を保っている。
「ほっとけ。山賊が出てきたらまきゃいーし」
面倒くさそうにキルアが言った。すると、これまでなんの反論もなかったゴンが初めて苦笑いを浮かべる。
「それはちょっとヒドすぎない?」

 いくら馴れ合う気がないとはいえ、実際に危害が及ぶ場面を見過ごせるほど非情にはなれないのだ。それはも同様で、仮にその時が来ればキルアの反対を押し切ってでも助太刀に加わるくらいの心づもりは持っている。
 若干非難の色を含んだ二人の視線に、キルアは大きくため息をついた。
「あのなぁ。アイツだって念能力者なわけだし、逃げるくらいできんだろ」
そのうえ自分たちに難なくついてきている点を見るに、基礎体力もそれなりであることがわかる。こちらが一方的に庇護するだけの力関係ではなさそうだった。
 そのとき、はるか前方にある木々の陰から、揃いの装束を身にまとった者たちが音もなく姿を現した。