No.156 : Tournament


 数日間の特訓のすえ挑んだジャンケン大会。ゴンが以前漁師から教わったという攻略法の前に敵はなかった。
 相手が振り下ろす手の形を超人的な動体視力で見極める――原理自体は単純だが、実際に使いこなすには地道な練習はもちろん、生まれ持った才能が必要不可欠だ。それゆえは二回戦敗退というなんとも奮わない成績に終わり、今は二人の応援に専念している。
 たびたび沸き起こる歓声に包まれながら、は目の前の光景に釘付けだった。

 決勝で対峙したゴンとキルアのうち、勝ったのは対ゴン用の秘策を準備していたキルアであった。
「二人ともおつかれさま!」
興奮冷めやらぬは急いで駆け寄ると、二人と右手を打ち合わせた。乾いた音が高らかに空へ抜ける。
「さすがだね、最初からずっと負け無し」
そうキラキラした瞳で褒め称えられ、キルアは得意げに口の端を上げた。
「まーな」

 ほんの数日前に教わったばかりの攻略法だが、キルアは持ち前の才能とセンスであっという間にそれをものにしてしまった。大会でも同様の手法を使うゴン以外に対しては全戦全勝。そして決勝戦では、手の形の変化に注目するゴンの裏をかいて突然左手を使用するという秘策を見せた。

「くっそー。あとちょっとだったのになぁ」
ゴンが悔しそうに口先を尖らせながらぼやく。両者が決勝に進んだ時点でカードは手に入れたも同然だが、とにかく勝ちたかったらしい。
「ゴンも十分すごかったよ!」
両の拳を握りながらが力説した。決して世辞ではない。試合を観戦している間、どれだけ集中しようとも最後まで見切ることは叶わなかった。件の手法を使いこなしている時点でにとっては尊敬の対象なのだ。
「……えへへ、ありがと」
そう言ってゴンは照れくさそうに頬をかいた。あれほどこだわっていた勝敗から途端に執着が薄れていく。ふわふわと心がはずみ、なんだかくすぐったい。

 そのとき、和やかな空気の流れていた二人の間に突如バインダーが差し込まれた。
「ほら、これ」
開かれたページには先ほど進呈された真実の剣が収まっている。これまでに手に入れたカードとは違い、極端に小さなカードナンバー。当初の目論見どおり、ゲームクリアには避けて通れない指定ポケットのカードだった。
「わぁ、記念すべき第一歩だね!」
は弾む声でそう言うと、二人の努力の結晶をまじまじと見つめた。ありとあらゆるものがカードとして存在する世界で、たった百種類しかない指定ポケットのカード。さらに言えば、一年に一度しかないチャンスをさっそく掴めた功績はとてつもなく大きい――。
 戦利品へと熱い視線を注ぐの姿に、キルアは満足げな笑みを浮かべた。

 しかし、幸先の良さに浮かれた空気もそう長くは続かなかった。
 稚拙な監視でこちらの隙をうかがっていた素人の撃退には成功した三人だったが、遅れて現れた玄人たちの前にはなす術もない。呪文カードを一枚も持っていない現状で抵抗は無意味だと判断したキルアは、大人しく真実の剣を差し出したのだった。

「あいつらムカつく!」
取り上げたカードを取り囲み、のんきにジャンケンを始めた猛者たちの姿を思い返してゴンは地団駄を踏む。
「やっぱり何を置いてもまずは呪文なんだね……」
駆け引きや戦略以前のあまりにあっけない敗北に、なかば放心状態のが呟いた。たとえ今後どれだけレアカードを手に入れたとしても、防御手段なしではきっと同じことの繰り返しだ。
「んじゃ、次の目的地は魔法都市マサドラってことで」
キルアがそう提案した途端、二人の瞳がギラリと光った。
「異議なし!」

▼ ▼ ▼

 軍資金として手持ちのガルガイダーを全て換金した三人は、まず手始めにアイテムショップへと向かった。旅の基本となるアイテム、島の地図を入手するためだ。
 売り場には、あらかじめ詳細な情報が記載されたものと自分の足で埋めていく白地図とがあり、ゴンとの意見はどちらも後者だった。金額的にその選択肢しか残されていないのだが、二人はやけに楽しそうに顔を見合わせている。
「こういうの埋めてくのって楽しいよね」
「うんうん! カードだけじゃなくてこっちもコンプリートしたいね」
「どんだけポジティブなんだよ」
キルアは珍妙なものでも見るような視線を送ると、手早く会計を済ませて店を出た。そして遅れてやってきた二人とともに、実物を復元したところで思わず息を飲む。想像はしていたが、これではあまりに。
「……全然わかんねー」
広大な白い大陸のまんなかにポツンと表示されたアントキバ、そして申し訳程度に隣に添えられたシソの木。商品の説明書きどおり、自身の足で訪れた場所以外の情報は皆無だ。そしてこれもあらかじめわかっていたことだが、現在地が判明したところでこれから向かう先の見当がつくわけではない。
「お店で聞いてみようか」
ゴンの提案どおり、三人は再びアイテムショップに向かった。