No.155 : Partner


 それからしばらくの間があった。
「……スタート地点に立ったとき、オレはジンの言うとおり、このゲームを思いっきり楽しもうと思った」
ゴンがぽつぽつと話し始める。ゲームを楽しめ――ジンから託された指輪によって、ゴンにだけ特別に告げられたというメッセージをは思い出した。期待していた有用な情報ではなかったものの、ゴンには強く響いたようだ。
「だからが楽しそうにしててすごく嬉しかったし、他のみんなもきっとそうなんだと思ってた」
突然出てきた自分の名前にが驚く暇もなく、ゴンの顔は悔しげに歪む。
「でもあいつらは……ジンの作ったゲームを殺戮だの奪い合いが前提だの、悪口ばっかり」

 はハッとした。自分にとっては馬が合わない演説の単なるスパイスにすぎないが、その裏でゴンは傷ついていたのだ。尊敬する父親の作品を貶されて良い気のする者などいない。
「怖いのはゲームじゃなくて、他人を傷つけてまでカードを奪おうとするプレイヤーの考え方だよ」
嫌悪感をむき出しにしてゴンがぼやく。呪文カードの中に人を殺傷する類のものは一枚としてないこと。相手を殺してもカードを奪えはしないこと。少なくとも、製作者が積極的に殺戮を推奨しているわけではないことは明らかだ。

 そのとき、ずっと聞き手に徹していたキルアが口を開いた。
「んー。オレはあいつらの言うことももっともだと思うけどな」
「……それ本気で言ってんの?」
周囲の空気が張り詰めた。ゴンの訝しげな視線に気づいたキルアは、慌てた様子もなく右手をひらひらと振る。
「そりゃ殺しはなしさ。オレだってそこは賛成だよ」
眉間の皺がわずかに緩んだのを見てキルアは続ける。
「でも、例えば互いの持ちカードを賭けて一対一で正々堂々勝負するってのはどうだ?」
「あ。アリだ」
するりと自分の口からこぼれ出た言葉にゴンは驚いて大きくまばたきをする。不快で仕方がなかった謳い文句が、解釈一つでとたんに健全なものになってしまった。
「それにさ、呪文カードの仕様からすれば、スタート地点での待ち伏せもカードの独占もプレイスタイルの一つとして妥当だと思うぜ」

 先ほどの彼らの物言いに思うことはあれど、作戦自体には確かに道理が通っている。単に自分たちが望むやり方とは異なるというだけで。ゴンは、頭にのぼっていた血がゆっくりと全身にめぐり始めるのを感じた。
「ま、あんな奴らほっといてオレらはオレらなりに楽しもうぜ」
そう言って楽しげに笑うキルアの横顔が、ゴンにはたまらなく眩しかった。いつのまにか狭まっていた視界が一気にひらけていく気がした。
「キルア」
名を呼ぶと、キョトンとした顔がこちらを向く。
「ありがと!」

 青く澄んだ瞳が大きく見開かれるのと、ゴンが次の言葉を紡ぎ始めるのはほとんど同時だった。
「オレ、キルアとここに来れて……」
言いかけてすぐにかぶりを振る。これまでの出来事がゴンの頭の中を走馬灯のように駆け巡っていった。思いの丈を表すには、これだけでは足りない。
「ううん、キルアと会えて本当に良かったよ!」
何度も実感していた気持ちだが、いつしか当たり前のように日常に溶け込んでいた。それが今、相手に伝えたくてたまらなくなってしまったのだ。
「……やめろよバカ。恥ずいだろ」
そう言ってそっぽを向いたキルアの口角は、人知れず柔らかな弧を描いていた。

 ゾルディック家での修行中、ゴンと語り合った通りの反応には笑みをこぼした。ゴンから目線を外したまま、少しだけ歩みの遅くなったキルアの心情はわざわざ確かめるまでもない。
 夕陽に照らされた二人の姿がキラキラと輝いている。何とも言えない感情が胸いっぱいに広がって、は思わず瞼を震わせた。

▼ ▼ ▼

 ここグリードアイランドでは、通貨は全てカード状態でのみ取引が可能となっている。そしてカードが実体化することはあれど、その逆は不可能。先ほどは急場凌ぎで食事にありつけたものの、未だゴンたちははほとんど文無し状態であった。
「まずは今日の宿代なんとかしないとね」
バインダーに収まった少額の小銭カードを眺めつつ、ゴンがため息をついた。すると横から伸びてきた手がパラパラとページをめくる。キルアだった。
「これ売れんじゃね? 一応珍味らしいし」
「えっ」
弾かれたようにもバインダーを覗き込むと、禍々しい風貌の魚が小銭に埋もれていた。早食いの懸賞で獲得したガルガイダーだ。
「ま、とりあえずショップの言い値次第だけど」
キルアはそう言っての背中をポンと叩いた。

「三枚で九万ジェニーです」
筋骨隆々、角刈りの店主が事務的な口調でそう言った。予想以上の高値にキルアは小さく拳を握る。件の食堂を贔屓にしていれば、ひとまず寝食に困ることはなさそうだ。
「んじゃ、二枚売却で」
そう言ってキルアはカウンターに並べられたカードのうち一枚をのバインダーに戻した。は勢いよく顔を上げ、ポカンと口を開けたままキルアを見つめる。
 キルアは店主から受け取った紙幣カードを手早くしまい込むと、気の抜けた顔で固まっているの額を軽く突いた。
「そのかわりオレらにも食わせろよな」
いたずらっぽく笑うキルアの横から、ゴンがひょっこりと顔をのぞかせる。
「よかったね、
「……うん!」
その日の夕食はちょっとしたパーティのようで、そして翌日からというもの、件の店に通うことがの日課となった。