No.152 : Money


 うず高く積み上げられたスパゲティの山が三つ。傍に控えた店員がカウント開始の合図を告げると、三人は一斉にそれをすすり始めた。しかしこれといって時間に追われる様子はない。キルアは食べる手を止めないまま、悠長に、店員に向かって絶え間なく質問を浴びせていった。
 その結果得られた知識は、大きく分ければたったの二つだけだった。今回の月例大会は予想通りかなりの競争率であること。そして、NPCは決められた質問以外には要領を得ない返答しかしないこと。先ほどから、なんだそりゃ、を一律のトーンで返し続ける店員にいい加減うんざりしたキルアが総括した。

 そうこうしているうちに三人は難なく全てを食べ終わり、目の前には空になった皿が並んでいた。店中から賞賛の拍手が送られる。すぐそばにいた店員が奥へ引っ込んだかと思うと、三枚のカードを手に戻ってきた。
「おまたせ。賞品のガルガイダーアル」
受け取ったカードを見て三人はぽかんと口を開けたまま固まった。名前と絵柄、解説文はともかくとして、上部両脇に謎の数字と記号がふられている。
「オウ、君たちカード初めてか」
間の抜けた顔を見て店員は察したようだった。左はカードナンバー、右はカードの入手難度とカード化限度枚数を表しているのだと彼は言う。

 ようやく意味を理解したところで、キルアはがっかりと肩を落とした。名前からして武器の類だという読みは大きく外れ、希少価値のレベルも下から数えたほうが早いのだ。
 しかしだけは殊更に嬉しそうだった。すぐさまバインダーに収めたカードを眺めながら、うっとりと頬を緩ませる。
「おいしい物を食べたごほうびにおいしい物がもらえるって、素敵だね……」
カードに印字された、珍味、うまい、の言葉が光り輝いて見えるようだった。これまでに蓄積してきた数多の調理法が、の頭の中で次々に再現されていく。

「よかったね、!」
ゴンが満面の笑みで右手を差し出した。その上には今しがた手に入れたばかりのガルガイダーが乗っている。
「え、いいの?」
はゴンの顔をまじまじと見つめた。
「うん! あ、ほら早くしまわないと!」
ゴンはそう言っての手にカードを滑り込ませた。入手して一分が経過すればカード化は解かれてしまうのだ。

 は即座に二枚目のカードを収納する。再度ブックを唱えようとしたところで、目の前に同様の絵柄が飛び込んできた。
「ほら」
キルアのぶっきらぼうな声が聞こえ、カードが強引に手のひらに押し付けられた。顔を上げると、先の落胆を引きずったままの彼としっかり目が合う。すぐに意図を理解したは、それをあわててバインダーにしまった。
「二人とも、ありがとう!」
お腹もポケットも満たされて、は多幸感でいっぱいだった。

 当初の目的をすべて達成した三人は、次なる懸賞に挑戦するべく、店を出ようと立ち上がった。
「そいじゃ、ごちそーさま」
「ごちそうさまでした!」
するとそばにいた店員があわててついてくる。
「アイヤ待つアル!」
何か粗相でもしてしまったかとは己の身の回りを振り返ってみたが、特に思い当たる節はない。ゴンとキルアも腑に落ちない様子で首をかしげた。
「料理は確かにタダなた。でも追加のアイスソーダ有料ね」

 店員の言葉にはハッとした。大食いに気を取られてすっかり頭から抜け落ちていたが、確かに人数分の飲み物を注文し飲み干したはずだ。故意ではないとはいえ、あと少しで無銭飲食に手を染めるところだった、と肝が冷える。
「あーそっか……じゃあこれで」
そう言ってキルアが差し出した紙幣を見るなり、店員はそのままの顔で動きを止めた。
「……何ソレ?」
メニュー表に記載されていた金額は常識的な価格設定だったはずだ。そしてキルアがたった今差し出したのは一万ジェニー、明らかに十分すぎるほど足りている。――嫌な予感が三人の脳裏をよぎった。

▼ ▼ ▼

 この島ではお金までカード状態で取引されているらしい。たった千ジェニーぽっちの飲み物代すら持ち合わせていない三人は、店長の温情により、店の手伝いをするという条件で支払いを免れることとなった。
「くそー。金までカードなのかよ」
シンクに山盛り積まれた食器を捌きつつ、キルアがぼやいた。ホールから下げられたそれらをひたすら洗い続けるのが仕事だ。ちょうど昼食の頃合いらしく、先ほどから追加の速度が早まってきている。
「でもさ、おつりってどうすんだろーね?」
「……たしかに」
ゴンの言葉にキルアがはたと手を止めた。

 店のメニューには、およそカードでの取引に配慮されているとは思えない半端な金額が並んでいた。おそらくこの店に限った話ではない。これからは有限のフリーポケットと端数の小銭、どちらかを犠牲にしながら生活していく必要があるのだ。
「買い物をするときはよく考えないとだね」
ゴンがそう言って決意を新たにしていると、すぐそばで読書を満喫していた店員からの催促がとんでくる。思考にかまけて、いつのまにか手が止まっていたらしい。二人は返事をして再び目の前の仕事にとりかかった。

 捌けども捌けども一向に減らない皿の山にうんざりしたキルアは、ふと隣に視線をやる。まるで取り憑かれたかのようにもくもくと皿を洗い続けるの手つきは見事なものだった。
「手際いーなお前……これオレいる必要あんのかな」
泡のついた手をこっそりと洗い流し、蛇口をしめる。
「ちょっとキルア! そう言ってサボろうとしてるでしょ!」
今度はゴンの叱責が飛び、ついに観念したキルアはしぶしぶスポンジを手に取った。