No.151 : Hit


 キルアほどの反射神経とスピードをもってしても、迫り来る光弾を避け切ることは不可能だった。瞬時に回避した先へ、さらに速度を増したそれが襲いかかる。風船が盛大に弾けるような音がしたかと思うと、キルアの身体が一瞬まばゆい光に包まれた。
「バーカ! ゲームの呪文からはどうやったって逃げらんねーよ!」
男が心底楽しそうな声であざ笑う。
「キルア!」
ゴンとは動きを止めたキルアに駆け寄った。外傷は見当たらないが、内部まで無事とは限らない。そのとき、周囲の空気がざわめいた。
「オレに……何した?」
キルアを中心に刺すような殺気が辺りを満たす。標的となった男はとたんに血相を変えて後ずさった。キルアは音もなく距離を詰めていく。男は脂汗にまみれ青ざめた顔のまま、やっとの事でバインダーから一枚のカードを取り出した。
「リターンオン! マサドラへ!」
そう叫んだとたん男の身体は光の玉となり、はるか彼方へと飛んでいく。先の様子を見るに追いつくことはおそらく不可能だ。三人は口惜しそうに歯噛みしながらそれを見ていることしかできなかった。

 当初の目標を目指してしばらく歩くと、ようやく街が見えてきた。地平線から顔を出した屋根の群れに思わずの口角が上がる。
「あった!」
ゴンが指差して叫んだ。 大小様々な家屋がひしめき合い、なかなかに栄えているようだった。
「……そういえばあれから変化ない?」
ゴンが気遣わしげにキルアの顔を見た。ずっと気になっていたもつられて姿勢を正す。するとキルアは涼しい顔で「ああ」と答えた。無理している様子はなく、顔色も至って正常だ。
「よかった……」
はほっと胸をなでおろした。男が叫んでいた単語からして直接的な危害はなさそうだったが、それもあくまで憶測。カードから飛び出した光弾の迫力はなかなかの衝撃で、そう簡単に割り切れるものではなかったのだ。

「でも……だとするとどんな魔法だったのかな」
「まぁそのうちわかるだろ」
煮え切らないゴンとは対照的に、当のキルアは悠然と空を見上げた。も心情としてはゴンと同様だったが、当人が気にしていない以上、湿っぽい空気を引きずるものでもないかと切り替えに努めた。

▼ ▼ ▼

 スタート地点で感じた視線の元を目指してたどり着いた街・アントキバ。懸賞の街という異名の通り、そこらじゅうの壁という壁に賞品付きの依頼や催しの知らせが貼り付けてある。
「わぁ……こんなにあると目移りしちゃうね」
ようやくゲームの世界らしくなってきたことでの心はこれ以上ないほど高ぶっていた。依頼の内容自体は月並みだが、報酬の欄に並ぶ品物はいかにもな顔ぶればかりだ。キラキラと目を輝かせているの隣で、キルアは目の前の呪われた幸運の女神像≠フ正体に想いを馳せていた。

 そのとき、ゴンが町の中央を指差して叫んだ。
「あ、あれ見て!」
通りに面した建物の壁に大きな表が掲げられ、その正面にはたくさんの人だかりができていた。興味をそそられた三人もさっそく確認に向かう。
「……アントキバ月例大会?」
ゴンが小首をかしげた。どうやらこの街では月に一度、様々な賞品をかけた大会が開かれているらしい。そしてゴンがすぐそばの町人に確認した結果、現実時間とゲーム時間が同じであることもわかった。

 大会の実施日は十一月十五日。今月の種目はジャンケンで、賞品は真実の剣だ。
「あの賞品って貴重なアイテムなのかな?」
ゴンがキョトンとした顔で言った。名前の印象だけでいえば、まず間違いなく重要な物だろうとは推測する。そのとき、キルアが少し離れた集団を指差した。
「みんな同じこと考えてるみたいだぜ」
同日にゲームを開始した者たちの顔がそこかしこに見受けられる。希少なアイテムをかけた大会の内容がジャンケンとは、右も左も分からない新参者にとって願ってもないチャンスなのだ。
「競争率高そうだけど、やらない理由はねーな」
開催まであと四日というのも、一つの街の滞在期間としては長すぎず短すぎない妥当な日数だった。

「ねぇ。せっかくだし、待ってるあいだ他の懸賞にも挑戦しようよ」
そんなゴンの提案に賛同しようとは思わず身を乗り出したが、開きかけた口より先に腹から音が鳴る。とたんに二人の視線が突き刺さり、の頬はじわじわと熱を持った。
「まずは情報収集も兼ねて腹ごしらえだな」
そう言って笑いをこらえているキルアから同様の音がした。そして向かいのゴンが後追いしたところで、ついに限界が訪れる。三人は互いにそろそろと顔を見合わせると、とうとう同時に噴き出した。

 店に入ると、まるで猫を思わせる風貌の、恰幅のいい店員が奥から現れた。通された先は、四人掛けにしてはやけに大きなテーブル席。その独特な感性に驚いていただったが、渡されたメニュー表を見てすぐに納得する。
「こ、これ……!」
三十分以内に全て食べきれば代金無料の特大スパゲティ。そのうえ詳細はわからないが、ガルガイダーというカードまでついてくるらしい。普段は抑圧している食欲を存分に発揮できる、にはおあつらえ向きのシステムだ。
「な。ちょうどいいだろ?」
そう言ってキルアが楽しそうに笑った。ともにメニューをのぞき込んでいたゴンも勢いよく顔を上げた。
「これならお腹いっぱいになりそうだね!」
少しも迷うことなく注文が決まる。オーダーをとった店員が奥に引っ込むと、しばらくして食欲をそそる豊かな香りがホール内に立ち込めた。