No.153 : Bomber


 休む暇なくみっちりと働いた三人は無事にツケを返し終わり、店員の見送りを背に店を出る。途中、の働きぶりに惚れ込んだ店員によるスカウトがあったものの、キルアの猛反対で一瞬にしてお流れとなった。
「ごはんの匂いに囲まれてお金までもらえるなんて最高だね」
そう言っては満足げな顔でバインダーを眺める。
「あのまま続けてればもっと稼げたんじゃない?」
ゴンがほんの少し名残惜しそうに後ろをうかがい見た。

「おまえらヨークシンの後でよくそんな気になれるよな」
げんなりした顔でキルアが言う。目利き次第で元手が何万倍にも膨れ上がる市場、わずか数秒で億単位の金が動くオークション。対して、このたびの労働で得られたのは一時間で255ジェニー、吹けば飛ぶような額なのだ。
「オレはぜってーやだね」
苦痛の度合いと対価のあまりの身合わなさにキルアの背筋が凍る。そのとき、遠くからどよめきと悲鳴の織り混ざった声が聞こえた。

 三人が騒ぎの元へ急ぐと、そこには大勢の人だかりができていた。人と人の間をうまくすり抜けながら前へ出る。すると一気に視界がひらけたその先で、苦悶の表情を浮かべた男の身体が転がっていた。すっかり変わり果てた姿だが、彼の顔には見覚えがあった。同じタイミングでこのゲームにやってきた参加者の一人だ。
 腹部は惨たらしく弾け飛んでおり、そこから広がる鮮明な赤がガツンと目に飛び込んでくる。周囲に漂う血の匂いはどうみても現実と変わりなく、先ほどまでゲームの世界に浮かれていた気持ちは一瞬で冷え固まった。

 冷静になったキルアはハッとして隣を見る。今まで話を聞いた限りでは、彼女はこれほど凄惨な場面に立ち会ったことなどないはずだ。死と隣り合わせの世界とは無縁で生きてきた者にしてみれば、どれだけおぞましい光景なのだろうか――そんな心配はすぐに溶けて消えた。はしっかりと、目をそらすことなくこの惨状と向き合っていた。青ざめた顔色からして相当堪えているはずだが、それでも彼女の横顔に弱気は見えない。ハンターを志すと決めた彼女の気概と覚悟は本物なのだ。キルアは小さく息を吐いた。

 とはいえ、自分たちと同じ境遇の者がすぐそばで殺されている事実はかなりの非常事態だった。嫌な予感がじわじわと胸中に広がる。
 目の前の死体が見覚えのある光に包まれ、そして消えた。死ねばそこでゲーム終了、おそらく現実世界に戻されたのだろう。
「ねェ、キルア。さっきキルアがかけられた魔法って……」
ゴンが青い顔で呟いた。平原では飄々と流せていた仮説だが、こんなものを見てしまった今はもう、自信を持って強く否定することなどできない。
「……わからない」
そう言ってキルアはぐっと喉を詰まらせた。

 先ほどまではなんとか持ちこたえていたも、さすがにキルアの身が関わるとなれば話は別だった。今にも泣きそうな顔で言葉を失っている。
「安心しな」
背後から声がかかった。聞き覚えはないものの、明らかにこちらに向けられている。振り向いた三人の目の前に映ったのは、こけた頬に無精髭と、いささかくたびれた印象のある中年の男だった。
「このゲームにそんなスペルは存在しない」
男ははっきりそう言い切ると、今しがた起きた事件について詳しく話を始めた。

 カード化限度枚数。文字どおり、アイテムがカードとして存在することのできる上限枚数だ。その空き枠を増やすべく、他のプレイヤーを狩るという危険思想を持った者が関わっているのだと彼は言った。そして自分たちはそれとは真逆である、とも。急な話の転換に三人は揃って首をかしげた。
「オレたちと組まないか? 確実にゲームクリアできる方法がある」
神妙な顔で男が続ける。なんとも美味すぎる話だ。すでに一度痛い目を見ているということもあり、素直に信じられる余裕などなかった。三人はお互いの顔を見合わせてうなずく。

「えっとさ、悪いけど……」
「君は確か」
申し訳なさそうなキルアの言葉を男がさえぎった。
「ここに来る途中、呪文攻撃を受けていたね」
今まさに気にしている点を突かれたキルアは、踏み出しかけていた足をその場にとどめる。ずっと監視していたのかという問いをあっさり肯定した男は、それが自分の任務なのだと続けた。
「オレについてくればその呪文が何なのか教えてやろう。もちろん仲間になるかどうかは話を聞いた後で判断してもらえればいい」
ますます胡散臭いが、これ以上ないほどに魅力的な話だった。得体の知れなかった呪文の正体がようやく判明する。その点だけでも賭けに出る価値は十分ある――ゴンとの目が合った。

▼ ▼ ▼

 当のキルアは未だに渋い顔をしていたが、二人の勢いに押されてとうとう広場までやってきた。その一角に、他のメンバーに誘われたと思しきプレイヤーたちが座っている。年も背格好もバラバラの彼らの中にプーハットの姿もあった。
 メガネをかけた背の高い男の説明によると、呪文カードは全部で四十種類あり、そのどれもが人を殺傷する類のものではないとのことだった。しかし自分の情報が常に相手に筒抜けという状況は、十分致命的なデメリットなのだと男は言う。

「このゲームでアイテムカードをゲットする方法は、大きく分けて三つ」
短髪で細い目の男が説明を引き継いだ。自分で探す、他のプレイヤーと交換する、そして他プレイヤーから奪う――そのうちの三番目、奪う者の数が近年急激に増えてきているのだと彼は言った。それも暴力や脅しで強引にカードを奪うのは序の口で、プレイヤーを減らすことでカードの空き枠が増えればよしと考える者すらいるという。その一人が先ほどの爆破事件の犯人、爆弾魔(ボマー)と呼ばれる存在らしいのだ。
「おそらく今は末期……!」
そう言って男は苦々しげに顔をゆがめる。するとゴンたちを誘った無精髭の男が前へ出た。
「オレたちがその状況にピリオドを打つ。どうか協力してほしい」