No.150 : Dreamland


 葉のこすれる音がして、足裏にほんの少し柔らかな感触がある。辺りを見回すと、だだっ広い草原が地平線まで続いていた。
!」
声をかけられて身体が跳ねる。ゴンとキルアが柱の陰から現れた。
「お待たせしました」
そう言っては、何事もなく無事再開できたことに安堵する。ゴンとの入り時間はゆうに一時間も違うのだ。すると、そばまでやってきたキルアが突然神妙な顔になった。
「さっそくだけど、なんか気づくことないか?」

 はあらためて辺りを見回したが、目にうつる景色になんらおかしな部分はない。しかしきちんと意識して初めて、自身を取り巻く空気にわずかな違和感を覚えた。は眉根を寄せて首をかしげる。
「言われてみれば……ちょっとピリピリしてる?」
「……ま、及第点か」
腰に手を当ててキルアが小さく息を吐いた。
「監視されてんだよ。こっちと、あっちの方向から」
「えぇっ!」
キルアが指差した方角を見比べるの顔から、みるみる血の気が引いていく。そんな彼女とは裏腹に、キルアは涼しい表情で右手をひらひらと振った。
「あぁ、実力的には大したことねーから平気平気」
「そ、そうなんだ」
はホッと息をつく。

 監視には相当な体力と気力を必要とする。よって街からそう遠くない場所で行なうのが定石なのだとキルアは言った。つまり視線を感じる方向へ向かえば十中八九、街にたどり着けるというわけだ。
「それでどっちに行くかってことになったんだけど、意見が割れてさ」
すると、ずっと話を聞いているばかりだったゴンが突然間に割って入った。
「それはジャンケンで決着ついたじゃん!」
この焦りかたから見て、先ほど勝ったのはゴンらしい。しかしキルアは澄ました顔で首を横にふる。
「いや、オレたちだけで決めんのは不公平だろ?」
ゴンの喉がぐっと詰まった。
「で、どっち?」
「うーん……」

 キルアに詰め寄られながら、は小さく唸った。ぼんやりとした違和感しか捉えられなかったには、どちらに進めば良いかなど皆目見当もつかないのだ。そのとき、目の前の空の向こうに鳥の影が見えた。ぐう、と身体の中心から音が鳴る。
「こっち!」
が迷いなく前方を指差すと、わかりやすいくらいにキルアの顔がひきつった。どうやら彼の望む方向ではないらしい。

「よし、それじゃ行こう!」
そう言って元気よく歩き出すゴンにつられて、、膨れっ面のキルアもその後に続いた。遮るものの何もない平原を風が縦横無尽に撫でていく。三人は、どこまでも続く柔らかな芝生を一歩ずつ踏みしめた。
「それにしても、ゲームの世界に入れるなんて夢みたい」
は瞳をらんらんと輝かせながらそう言って、ブックを唱えた。白煙をまとって現れた分厚いそれを手に取ると、締まりのない顔で抱きしめる。
「くじら島ですっかりハマっちゃったもんね」
微笑ましそうにゴンが振り向いた。島の探検やミトの手伝いに忙しくそればかりに時間を割くことはないものの、いざプレイするとなればいつも全力で楽しんでいた姿は記憶に新しい。

 それを横目で見ていたキルアは頭の後ろで手を組んだ。
「ここがゲームの中って実感はないけどなー」
「たしかに、そうと言われなきゃ現実世界みたいだね」
あらためて周りの景色を眺めながら、ゴンも同意する。 ここへ来てからというもの、身に触れる感覚全てがあまりにリアルすぎて、つい現実と錯覚してしまうのだ。呪文の存在は確かに非現実的だが、それだけではまだこの意識をくつがえすに足りない。
「すごい技術だよね」
そう言っては熱のこもった目でバインダーを見つめた。
「ブック!」
現れた時と同じように白煙が噴き出す。次の瞬間、両手でしっかりと抱えていた固い感触は跡形もなく消えてしまった。ふう、と満足げに息を吐くのはるか先に、一筋の閃光がきらめいた。

 光とともに現れたのは、ドレッドヘアを後ろに撫でつけたタンクトップの男だ。わずかに早く気づいたゴンとキルアが空を見上げた直後のことだった。
 男は現在地を確認すると、目の前の三人に向き直った。当初からにやけていた顔がさらに深い笑みを刻む。
「君たち、ゲームは初めてかい?」
「さて、どうかな?」
キルアが涼しい顔で答えた。他プレイヤーとの初交流に心躍らせていたの肝が急速に冷えていく。示し合わせなどなくとも、警戒するべき相手だと態度でわかった。

 男は何やらバインダーを操作したかと思うと、ことさら楽しそうな顔を三人に向けた。
「……ふーん。ゴンくんとキルアくんとちゃんか」
予想もしていなかった言葉にの背筋が凍る。彼との面識はもちろん、名乗った覚えなどないはずだ。たかが名前とはいえ、右も左も分からない三人の威勢を削ぐには十分だった。
「トレースオン! キルアを攻撃!」
硬直する当人たちをよそに、男が軽快な口調で叫んだ。いつの間にか手にしていたカードから勢いよく閃光が飛び出す。それはまるで吸い寄せられるようにキルアめがけて襲いかかった。