No.149 : Start


 会計を済ませて店を出る。三人が食事の礼を言うと、短く返事をしたレオリオが振り返った。通りかかったタクシーを止めながら、彼は三人の顔をあらためて見回した。
「じゃあな。また会おうぜ」
十メートルほど先の炉端にタクシーが停車する。
「うん。次に会う時はお医者さんだね!」
無邪気なゴンの言葉にレオリオは苦笑した。
「おいおい、最低でもあと四年は会わねェってことか?」

 後部座席のドアが開いたタクシーに向かってレオリオが歩き出す。少しずつ小さくなっていく背中には慌てて息を吸い込んだ。
「っ、たまにはメールしてもいい?」
すぐに歩みが止まる。勉強の邪魔にならないようにするから、と付け加えられた一言にレオリオの肩が小さく震えた。
「……電話でもいいぜ。むしろ息抜きになるかもな」
笑いを噛み殺しながら、しかし嬉しそうな色も滲む声だった。ホッと肩の力を抜くの隣で、ずっと黙っていたキルアが口の端を上げた。
「へー。んじゃオレもかけちゃお」
再び歩み出そうとしていた左足が思い切りその場を踏み締める。ふりむいたレオリオのこめかみはひくひくと震えていた。
「……イタズラはやめろよ」
怪訝な視線に射抜かれて、キルアは観念したように肩をすくめる。
「ちぇ、バレてら」
「お前なぁ」
呆れたそぶりを見せるレオリオだったが、その顔はどこか楽しげに緩んでいた。

▼ ▼ ▼

 事前に告げられていた集合場所、ターセトル駅から貸し切り列車で数時間。テーマパークのメインシンボルかと見まごう巨大な古城の地下深くにその場所はあった。
 薄暗い部屋の中に整然と並んだパソコンが、画面から煌々と光を放っていた。歴史を感じる荘厳な景色から一変、突然の近代的な空間に一瞬の思考が止まる。ツェズゲラは皆を部屋に招き入れると、ポケットに両手を入れながら口を開いた。

 このゲームはソフト毎に世界が独立しているわけではなく、皆が同一の仮想空間にアクセスする仕様であること。しかし初回プレイ時には必ずシステム説明を受ける必要があり、それを聞けるのは一度に一人だけなのだと彼は語った。
「そこでこれからスタートの順番を決めてもらう」
ツェズゲラがそう言うや否や、プーハットが変種のじゃんけんを提案する。スタートのタイミングによる優劣はほとんどないということで、特に反対する者はいない。それからしばらくのあいだ、薄暗い空間に猛者たちの気の抜けた掛け声が響いた。

 長期戦の末、見事一番を手にしたのはゴンだった。喜びに満ちた顔で右手を握りしめ、小さな歓声をあげている。それを恨めしそうに見つめるのは、最後から数えた方が早いであろうキルアだ。
「くっそー……」
悪態をつきつつ、右隣にいるに視線を移す。
「そっちはどうだった?」
「22番だよ」
ヘラリと笑うにキルアは大きく脱力した。これほど近くに最たるものがいるとは衝撃だった。そして本人のあまりの無頓着さに拍子が抜ける。悔しさを募らせていたのがなんだか馬鹿らしく思えたキルアは、ため息を最後に気にすることをやめた。

「それでは一番の者」
ツェズゲラの声に従ってゴンが歩み出る。指輪とロムカードを持つゴンの顔に迷いを見たツェズゲラは、どのような進行具合であろうとスタート地点はみな同じなのだと告げる。――覚悟を決めたゴンは人差し指に指輪をはめた。
「ゴン。中に入ったらスタート地点で待ってろよ」
キルアがそう呼びかけると、ゴンは親指を上げて合図を返した。そしてハード本体の両脇にそろそろと手を伸ばす。次の瞬間、練を行なったゴンの姿は瞬時に消え失せ、その場には電源の入ったゲーム一式だけが残った。

▼ ▼ ▼

 壁一面に不可思議な模様が刻まれている。目の前のドアを進むと細い廊下があり、道なりに進めばさらに扉、それを開けると大きな円形の部屋に出た。部屋の中央には、浮遊する椅子に腰掛けた女性の姿がある。
「こんにちは」
が軽く会釈をすると、女性の瞳がわずかに見開かれた。しかし一瞬でその変化は消えてしまう。

「……それではこれからゲームの説明をいたします」
女性は流れるような口調で説明を開始した。このゲームは指定されたナンバーのカードを集めるのが目的であること。それらを収めるバインダーの出し方、内側のポケットの種類――次々と出てくる情報にの心は高揚が止まらなかった。
 しかし話が後半にさしかかると、はいよいよ脳の容量不足を感じ始める。一言一句聞き漏らすまいと集中していた結果、説明が終わる頃には軽い頭痛があった。

「ありがとうございます。えっと……」
「イータと申します」
が言葉に詰まったのを見て、即座に続きを推測したイータはその通りに助け舟を出した。嬉しさでの頬がうっすらと紅潮する。
「それではご健闘をお祈りいたします。そちらの階段からどうぞ」
イータの声は相変わらずだった。は小さく会釈をすると、らせん状の階段を弾む足どりで降りていく。無機質だった景色が背後に消え、石段のはるか先に柔らかな萌黄が見えた。