No.148 : Celebration


 それからすぐに前方のドアが開き、見慣れた黒髪が現れた。は興奮のあまり思わず立ち上がる。
「ゴン、こっち!」
名を呼ぶと、彼の視線が迷うことなくを捉えた。すぐ隣のキルアも目に入ったようで、ゴンの顔いっぱいに嬉しさが広がる。
! キルア!」
楽しげに駆け出したゴンはあっという間に二人のそばまでやってきた。そのとき、至近距離であらためてを見たゴンはきょとんと首をかしげる。
「あれ。……なんか顔色良くなった?」
つい先ほどまでいかにも修行明けという雰囲気だったはずが、今ではすっかり普段どおりに見えるのだ。しかし本人はというと、困ったように笑いながら「そうかな?」と頬をかいた。

 二人のやりとりにキルアはハッとした。こちら側で再会してから薄々感じていた違和感の正体はそれか、と腑に落ちる。しかし、その理由が伏せられた念能力に関係しているとすると、この場で掘り下げるべきではない。ゴンが隣の席に着くのを見計らってキルアは身を乗り出した。
「さっきの音、お前だろ?」
ゴンがうなずくと、キルアはより一層笑みを深めた。
「どんな技使ったのか後で教えろよな」

 話題転換という意図ももちろんあるが、一番は純粋な興味だった。修行風景を見せ合うどころか会話すら控えてきたおかげで、互いの能力について何一つ知らないのだ。
 しかしゴンは首を縦に振らなかった。その代わり無邪気な声で「秘密!」という答えが返ってくる。当然のように明かされるものと思っていたキルアのこめかみが小刻みに震えた。この期に及んで何を勿体ぶることがあるのか――次の瞬間、キルアはゴンの身体を羽交い締めにしていた。

 合格者の選定が終わり、皆の前に一枚の紙が配られた。グリードアイランドをプレイするにあたり、この契約書にサインをする必要があるのだとバッテラは言った。予想より容易い手続きに拍子抜けしたのもつかの間、何気なく手元の紙に目を通し始めた三人の顔が一斉にこわばる。
「……レオリオだな」
キルアがポツリと零し、ゴンとは即座にうなずいた。

▼ ▼ ▼

 ホテルに待機していたレオリオを呼び出し、オークションハウス近くのレストランで落ち合う。無事に合格したことを報告すると、彼は安堵と喜びの入り混じった顔で三人の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 飲み物がやってきたところで、レオリオは皆の顔を見回す。
「せーの」
「カンパーイ!」
皆の声が揃い、ビールのジョッキ、オレンジジュースのグラス三つが一斉に掲げられた。

 最初に運ばれてきたスープを口に含んだ瞬間、感動の涙を流し始めたに三人はギョッと目を丸くする。しかし理由を聞いてすぐ腑に落ちた。
「なるほどな……そりゃこうもなるわけだ」
 丁寧に一口ずつ噛みしめながら堪能しているを眺めつつ、レオリオは感心したように言った。その向かいで肉を頬張っていたキルアが呆れた視線をよこす。
「でも毎回絶食なんてしてらんないだろ」
しかもよりによって大事な戦いの前にさ、と続けたが、はケロリとした顔で首をかしげた。
「お腹なら大体いつもぺこぺこだから大丈夫だよ」
それを聞いて、キルアははたと気づく。これまでが空腹を訴えることこそあれど、その逆を耳にしたことはなかった。――決して大げさな表現などではなく、本当に無尽蔵の食欲なのだ。
「……お前やっぱ変」
怪訝な顔をしてキルアが言った。

 テーブルの上が綺麗に片付くまでに幾度かの波があった。ほどではないにしろゴンとキルアもそれなりに注文を重ね、そのたびにホールの店員を驚愕させる。厨房も目の回るような忙しさで、食事がひと段落したころには店全体に大きな凪が訪れたようだった。
 香ばしい湯気の立つコーヒーを前に、書類を一通り読み終えたレオリオが顔を上げた。
「んー、要約すると三つだな」
小難しい文章に圧倒され早々に匙を投げた三人とは違い、レオリオはあっさりとそれを読み解いてみせた。

 自身の負傷や死亡に文句を言わないこと、ゲーム内から持ち帰った物は全てバッテラに所有権があること――どれもゴンたちにとってなんら不都合はない条件だった。
「これでいいならサインしてくれだとさ」
そう言ってレオリオはカップの持ち手に指をかける。三人は二つ返事で同意すると、さらりと記名を終わらせた。

 最後の一口をあおったレオリオが三人の顔を見回した。
「さてと。そろそろ行くか」
なんともあっという間のひと時だった。さりげなく伝票を持って会計に向かおうとするレオリオに気づいたは慌てて声をかける。
も出すよ!」
明らかに四人中一番の食べっぷりだっただけに、このまま見逃すことはできなかった。遠慮なく欲望に忠実でいられたのも、自分の食いぶちは自分が負担するものだと考えていたからだ。
「そうだね。オレたち結構食べちゃったし」
そう言ってゴンも申し訳なさそうに眉尻を下げた。お言葉に甘えてすっかり世話になるつもりでいたキルアの口元がひきつる。

 この、前にもどこかで見たような光景にキルアはため息が出そうだった。貰えるものは貰っておけばいいのにとしか思えないのだ。するとレオリオの両手がゴンとの肩にかかる。
「今回はお前らの合格祝いってことで」
腕が足りない分、視線はキルアに向いていた。こうももっともらしい理由をつけられてしまっては、いよいよ引き下がるしかない。そのとき、がハッと顔を上げる。
「じゃあ、レオリオがお医者さんの試験に合格したときは盛大にお祝いするね」
すでに楽しそうな彼女の頭の中では、さっそく架空の宴会が行われているのだろう。レオリオは口元を緩ませ、困ったように笑いながら後ろ頭をかいた。
「……そりゃなんとしても受からねェとな」