No.147 : Runaway


 司会の案内を受け、カーテンとシャッターに挟まれた細い通路を行く。薄暗さに何度か足を取られつつ、すぐにドアの前までたどり着いた。ノブに手をかけて初めて自分の手が震えていることに気づいたは、再度大きく深呼吸をした。先で待っているであろうキルアと後から来るゴンの顔が浮かび、右手に力がこもる。ドアを開くと、腕組みをしたツェズゲラが部屋の奥で待っていた。
「よろしくお願いします」
はそう言ってツェズゲラの前に立った。はるか上方にある仏頂面が温度なくこちらを見下ろしている。

「……では、練を見せてもらおうか」
ツェズゲラのその言葉を合図に、の意識は半分どこか遠くへ飛んでいった。わずかな時間も要すことなく念が発動する。ここ数日間、夢に見るほど何度も繰り返した感覚だ。
「っ……」
ツェズゲラが息を飲む声が聞こえた直後、手足の先に熱が戻り、朦朧としていた頭が少しずつクリアになる。しばらくして我に返ったは慌てて発動を中断した。
「わぁ!? ……す、すみません!」
難しい顔をしているツェズゲラに気づいてとっさに頭を下げる。当初の予定では発動前にしっかりと確認を取るはずだったが、欲望のおもむくまま先走ってしまったのだ。の顔から、みるみる血の気が引いていく。

 念で作り出した球体が、術者自身の食欲を原動力に相手のオーラを食べる能力。それを自分のものにする技術はまだないが、二日前から準備していた極限状態の空腹はすっかり解消されていた。
 気分が良いような悪いような、複雑な心境ではこわごわ顔を上げる。ツェズゲラの表情は相変わらずだったが、少なくとも怒りの感情は見受けられない。わずかに肩の力を抜く。

「……合格だ」
ツェズゲラの口がたしかにそう動いた。最悪の場合、受からないどころか罰せられる可能性も見ていたには、それを理解するのにしばし時間が必要だった。
「あ……ありがとうございます!」
今日一番威勢のいい声が部屋を揺さぶる。飛び跳ねたいのを抑える代わりに、握りしめた拳がむずむずと震えた。これ以上の体現はゴンとキルアに会うまで保留だ。

 喜びが落ち着くとは改めてツェズゲラの前に立ち、彼の瞳を見つめた。
「あの……さっきは本当にすみませんでした」
いくら処罰されないとはいえ、自分の過ちをこのまま流すことはできなかった。しかしツェズゲラは表情一つ変えず首を横に降る。
「私は練を見せろとしか言っていない。ただ君がそれに従っただけの話だ」
の口がぽかんと開いた。まずは実力が第一、そして多少の無礼や抜け道は許容する懐の大きさ。そして審査のため、唐突な攻撃をその身で受け止めてみせた彼の度胸に驚くばかりだ。
 これから行く道の険しさを垣間見た気がして、はしばらくその場を動けなかった。

▼ ▼ ▼

 部屋を出ていくの後ろ姿を視線で追いながら、ツェズゲラは深く息をついた。念弾に対する警戒が普段より明らかに遅れていた。相手が格下、しかも好戦的な人物ではなさそうということもあり、完全に油断していたのだ。
 しかしながら、彼女の発が呼吸ほど軽やかに行われたことは事実。自身の心情はさておき、合格を与えないわけにはいかない。
 先の銀髪の少年といい、子どもの成長の早さには驚かされるばかりだ。そんなことを考えながら自嘲気味に笑うツェズゲラは、このあともう一度、それを目の当たりにすることになる。

▼ ▼ ▼

 奥のドアを開けたの視界が光に満たされた。最初の部屋とほぼ変わらない間取りの空間に、ぽつぽつと合格者が座っている。その中に目的の人物を捉えたは、にやけそうになる顔を抑えながら駆け出した。
「キルア!」
名を呼ぶと、それに応えるようにキルアは右手を上げる。
「やったな!」
二人の右手が乾いた音を立てて打ち合わされた。合格の喜びが再び胸中を満たし、むずむずと口角が上がる。が隣の席に着くと、キルアは生き生きしながら机に半身を乗り出した。
「――で、結局どんな技にしたんだよ」

 そのまま洗いざらい答えそうになっただったが、ハッとして周りを見渡した。ある程度距離を取っているとはいえ、ここはまるで面識のない手練れだらけの空間だ。誰が聞いているとも限らない。
「今はちょっと……」
わずかに声をひそめれば、キルアも即座に把握したようだった。前のめりになっていた身体がすとんと背後の座席に収まる。
「あー、確かにそうか。んじゃ後で」
そう言ってキルアが残念そうに後頭部をかいた直後、遠くで爆音が鳴り響き、部屋全体がビリビリと揺れた。

 他の合格者たちは特に気にした様子もなく、平然とこの審査が終わるときを待っている。しかしキルアとの二人だけは互いに顔を見合わせた。何の手がかりもないが、音の主が誰なのかは何となく予想がつく。
「……ゴンかな?」
が首をかしげると、キルアは楽しそうに口元を緩ませた。
「ああ。たぶんな」
きっと彼はあと数秒もしないうちにこちら側へ姿を現わすだろう。