No.145 : Selection


 表のドアが大きく開く音がした。見ると、清々しい顔をしたゼパイルが立っている。
「よォ! ……って、なにしてんだ?」
そのまま部屋に上がってきたゼパイルは、床の上のに怪訝な視線を落とした。はあわてて体勢を整えると、なんでもないと言いたげにかぶりを振る。
「まァいいけどよ。ほら、約束通りの金だぜ」
軽く投げてよこされた薄い冊子は、彼に預けていたゴンの通帳だった。すぐさま中身を確認したゴンが思わず息を飲む。
「……本当だ! 預金が一億ジェニーに戻ってる!」

 キルアともあわてて左右から覗き込むと、残高の欄に突然現れた長い数列に揃って目を丸くした。三人が修行にのめり込んでいる間、ゼパイルは目利きの力で実に四千万もの大金を荒稼ぎしていたらしい。そして半分は当初の契約通り、ちゃっかり彼の懐に収まっているというのだからなんとも抜け目がない。
「ありがとう、ゼパイルさん!」
ゴンが満面の笑みで感謝の言葉を述べると、皆も口々に礼を告げた。自身のライセンスに没収の可能性を見ていたレオリオは内心深く安堵する。
「やっぱりゼパイルさんってすごいね」
が思わずそう言うと、振り向いたゴンから「ね!」と力強い同意がある。二人は顔を見合わせたまま、楽しそうに笑みを交わした。思い返せば、出会った当初から最後までゼパイルには世話になり続けている。まるでヒーローのようだとは思った。

 これまでに経験したそれと比べても、ゼパイルとの別れはなんともさっぱりしたものだった。彼の快活な人柄がそうさせるのか、特有の物寂しさは微塵もない。
「お前らと居られてなかなか楽しかったぜ。じゃあな」
そう言って去っていく彼の後ろ姿にはあらためて礼を言い、大きく手を振った。仰々しいやりとりではないからこそ、またすぐに会えるような気がした。

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 一時は中止の危機に瀕していたものの、旅団が撤退してからのオークションは滞りなく進み、当初の日程通りに無事幕を下ろした。出品されていたグリードアイランドは全てバッテラが競り落としたのだとテレビが報じている。うち一本は何者かに強奪されてしまったらしいが、選考会の実施に変更はないと知り三人は胸を撫で下ろした。

 レオリオの見送りを背に、徒歩でサザンピースへと向かう。前回とは打って変わって、足元は至極安定、周囲を警戒する必要もない。本番前の緊張をほぐすにはちょうどいい散歩コースだ。
 道中、キルアは隣を歩くの腹に視線を落とした。
「今日はやたら鳴ってんなー」
「う……」
指摘されて流石に恥ずかしくなったのか、は頬を染めて腹に手を当てた。手のひらに微かな振動があり、まるで個別の意思があるかのようにキュルキュルと喚いている。しかし選考開始の時刻から逆算して出発した三人に、今から悠長に食事をとっている暇はない。

 するとゴンがひょっこりと顔を出した。
「選考会が終わったら久しぶりにみんなで食事に行こうよ」
の顔がわかりやすく華やぐ。
「……うん!」
互いのペースを乱さないようにと、この数日間、ほとんど顔を合わせることなく過ごしていた。お腹を満たせるうえ皆と団らんできるなど、ご褒美以外の何物でもない。とたんに歩調が弾み始めたを横目にキルアが口の端を釣り上げた。
「そんな気分になれれば良いけどな」

 選考に落ちてお通夜状態の三人が脳裏を掠め、の表情は一瞬で凍りついた。
「もう、キルア!」
ゴンが呆れ顔でキルアの肩に手を置いた。キルアは悪い悪いと言いながら楽しそうに腹を抱える。は気を取り直して両の拳を握ると、大きく息を吸い込んだ。
「絶対に合格!」
今にも駆け出していきそうな気迫で力強く宣言する。突然大声をあげたの奇行に、すぐ近くの通行人が驚いて振り向いた。
 ゴンとキルアは互いに顔を見合わせて笑みをこぼす。そして楽しげに目配せしたかと思うと「おー!」と声を揃えた。

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 いくら豪奢な建造物とはいえ、流石に三度目ともなると無駄な肩の力は抜けてくる。選考会場のホールに向かいながら、周囲の人間を観察するだけの余裕がにはあった。年齢、体格、人相、そのどれもがハンター試験や天空闘技場の挑戦者を思い起こさせる。やはりここでも三人は浮いていた。

 ステージに向かって、数百はありそうな座席が整然と並ぶ。開始間近ということもあり、その内のほとんどは既に埋まりかけていた。ゴンたちもすぐさま席に着くと、黙ってその時を待つ。

 時間になり、黒スーツにサングラスの男が舞台袖から現れた。彼が選考会の開始を宣言すると、今度はツェズゲラがやって来て審査の概要を語る。ステージに一人ずつ上がって練を見せていき、合格者が三十二名になった時点で審査を終了するという。

 説明が一段落すると、シャッターとカーテンがステージ上を覆い隠し始めた。司会が入り口を示した直後、幾人もの参加者たちがガタガタと席を立つ。この後もさらに説明が続くのだとばかり思っていたは、皆の行動の早さに唖然とした顔で固まっていた。