No.135 : Support


 返事も待たずに駆け出したキルアの姿はあっという間に見えなくなる。センリツとは思わず顔を見合わせた。
 二人の視線が交わり、センリツの目尻が優しく下がる。その穏やかな笑みには胸を強く締めつけられた。
「センリツさん、あの……力を貸してくれて本当にありがとうございます」
思わず口からこぼれ出た言葉だった。センリツは大きくまばたきをしたかと思うと、ふんわり優しい笑みを浮かべる。
「あの人が頼みごとをしてくるなんて一大事だもの」

 クラピカは仕事の場でも相変わらず一人で抱え込んでいたらしい。そんな彼が今回、周りに協力を求めたことは大きな変化だった。そして表情から察するに、センリツはその事実を喜ばしいこととして受け止めてくれている。はなんとも言えない嬉しさに包まれた。

 それと同時に足元が崩れるような無力感がを襲う。センリツの能力は言わずもがな、意外性を買われたゴン、運転手として代わりのいないレオリオ、誰の目から見ても明らかな実力を備えているキルア。改めて考えると、自分にできることなど何もない気がしてならなかった。

 打ち付ける雨に押し流されてしまいそうだったの右手が、柔らかな何かに包まれる。センリツの白い両手のひらだった。
「あたしもクラピカのそばにあなたがいてくれて良かったと思うわ」
「え……」
がとまどいながら口を開きかけたと同時、センリツは顔の前で人差し指を立てる。彼女の視線を追うと、偵察から戻ってきたキルアの姿がビルの上に見えた。

 どういうわけかセンリツにはの考えていることがわかるようだった。しかし、ほんの少しの気恥ずかしさこそあれまったく嫌な気はしない。それはがセンリツの人柄にすっかり魅了されてしまっているからだろう。
 そして彼女の言葉はの胸に驚くほどすんなり馴染んだ。

▼ ▼ ▼

 キルアの話によると、先の集団にパクノダの姿があったらしい。他にはノブナガやリーダーらしき男も一緒で、どうやら駅方面へ向かっているというのだ。
 そこでクラピカに指示を仰いだところ、そのまま追跡を続行してほしいとのことだった。キルアたちは距離を取りつつ慎重に旅団の後を追う。

 駅の構内は幸運にも身を隠すにはちょうどいい混雑具合だった。旅団の音声を余すことなく拾えるセンリツが同車両に乗り込み、キルアとは最後尾でクラピカとの情報連携を担う。
 電車の終着点はカスツール駅。中心街へと向かう路線で、その方角には競売市とクラピカたちのホテルがあるらしい。キルアとはタイミングよく空いた座席に座ると、センリツからの連絡を待った。

 リパ駅に着いたところでキルアのポケットが小さく震えた。そして数秒もせず静かになる。旅団が電車を降りたという合図だ。
 すかさずクラピカに情報を伝えつつ旅団の後を追う。彼らがサロマデパート方面口に向かっていることを告げると、クラピカが苦々しげにぼやいた。ホテルのある方向らしい。

 駅を出たとたん、密やかな尾行は終わりを迎える。旅団が北西を目指して一斉に走り出したのだ。センリツと合流し、急いでクラピカに電話をかけると、彼はすでに身一つで旅団を追いかけている最中だった。
「それヤバイって、絶対に気づかれる!」
キルアが青ざめた顔で叫ぶもクラピカからの返事はない。懲りずに追跡の中止を求めていると、突如ノイズが途切れ、次の瞬間には無情な電子音が鳴り響き始める。
「くそ、あいつ切りやがった!」

 すっかり個人行動に徹しているクラピカを諦め、キルアはレオリオ、はゴンへの連絡を試みた。どれだけ待っても応答のないゴンの状況に嫌な予感が走る。一方、レオリオ側はワンコールで反応があった。
「レオリオ、ゴンは!?」
繋がると同時にキルアが叫んだ。はゴンとの通話を断念し、次の言葉に耳をすませる。
「クラピカについてっちまったよ!」

 キルアの背中に冷たい汗が流れた。明らかに本来の計画からは外れた展開。これから先は全くの未知だ。
「オレも待機しとくよう言われたんだが、じっとなんかしてらんねーよ」
レオリオがじれったそうに言った。クラピカやゴン同様、ホテル方面へ向かおうとしているが、ラッシュに巻き込まれて思うように進めないという。
「あぁもうわかった! オレたちもクラピカ追う!」
キルアは破れかぶれにそう叫ぶと、有無を言わさず通話の終了ボタンを押した。

 ベーチタクルホテル方面に走りながら、センリツが周囲の音を探る。旅団、クラピカ、ゴン、みな同じ方向を目指しているはずだ。そのうちのわずかな気配さえ拾えればそれでよかった。
 しばらく行くと、センリツが左手を横に出して止まった。発見の合図だ。
 ビルとビルに挟まれた細長い路地の先、壁を背にして待機するクラピカの姿があった。そしてはっきりとは見えないが、わずかな隙間からゴンの服がのぞく。
「二人の位置は旅団にバレてる」
青ざめた顔でセンリツが言った。隙を生ませて意表をつくはずだった作戦は明らかに破綻している。もはや失敗と言ってもいい。

 そのとき、センリツの横を通り過ぎる影があった。
「オレが行くよ」
返事も待たずにキルアが路地へと歩いていく。センリツは思わず引き止めようとしたが、少し考えたのち、すぐに右手を下ろした。最悪の状況を回避するにはこの方法しか残されていないのだ。