No.132 : Friend


 小指の鎖は旅団以外にも使用可能。その前提条件である緋の眼も意識的に発動できるとなれば、あとは実行するのみだ。
「……いいよ、掟は任せる」
黙って説明を聞いていたゴンが口を開いた。その瞳に揺らぎがないことを確認したクラピカは、隣のに視線を移す。は迷いなく頷いた。
「お前たちの覚悟、確かに受け取った」
そう言って、クラピカは右手の鎖に左手をかざした。凪いでいたオーラに僅かな波立ちが起こりかけた瞬間、背後に二つの人影が現れる。
「その刃、もう二本追加ね」
「もちろん任務完了の後は解除できるんだろうな?」
先ほどこの場から立ち去ったはずのキルアとレオリオだった。

 クラピカの手元以外すっかり意識の外だったは、突然の展開に目を白黒させている。その隣で、ゴンがしみじみと二人の名を口にした。キルアとレオリオは互いに目配せをする。
「こっちも二人で話したんだが、やっぱり参加するには」
「一連托生っしょ」
そう言うと、二人は晴れやかな顔でクラピカを見つめた。みな同じ想いだったと知り、遅れてやってきた感情がの胸中を満たす。命に関わる選択ということで、手放しで喜べるわけではないものの、やはり根底では嬉しさが優っていた。
「答えは?」
二人の声が揃った。クラピカは静かに目を閉じる。
「……それは可能だ」
キルアとレオリオは満足げに顔を見合わせた。

 しかしクラピカは刃を増やすどころか、全身を巡っていたオーラごとすっぱりと消し去ってしまった。四人の目が点になる。
「だが、みな一つ勘違いしていることがある」
クラピカはそう言って口元を緩ませた。ますますわけがわからずゴンたちは互いに顔を見合わせる。――戸惑う四人をよそに、当のクラピカは至極落ち着いていた。
「私はお前たちに剣を刺す気など、始めから全くないのだよ」
「え……」
予想外の言葉には思わず声を漏らす。そして真っ先に返事をしたのはゴンだった。
「でも、もしパクノダに捕まったら今度こそ」
「私の正体と能力はバレるだろうな」

 恐ろしいことをさらりと口にしたクラピカは、掟を決めようがないのだと続けた。たとえパクノダに触れられようと、さらには記憶を読まれようと、その後いくらでも反撃できる可能性はある。自らの掟でさっさと死に、そのチャンスをむざむざ潰してしまうのは得策ではないというのだ。
 確かに真っ当な考えだった。しかしそれだけに、わからない点もある。
「じゃあなんでリスクが増すだけなのにこんな話……」
ゴンが当惑した顔でクラピカを見つめた。そして声には出さないものの、みな同じ心持ちで固唾を呑む。
「……お前たちの覚悟に対する、私なりの礼だよ」
クラピカの表情は相変わらず真剣そのものだった。投げやりになっているわけでも、軽い気持ちで動いているわけでもない。驚く間もなく、次の言葉が紡がれる。
「仮にお前たちから秘密が漏れたとしても、私はもう何一つ後悔しない」

 その瞬間、言葉にならない熱がの身体中を駆けめぐった。ずっと距離を取り続けていた彼にようやく気持ちが届いたのだと思うと、はたまらなく嬉しかった。少しでも気を抜けば醜態を晒してしまう予感がして、慌てて何度か瞬きをする。

 昂ぶっていた気持ちが平常を取り戻すにつれて、はずしんと胸の奥が重くなるのを感じた。本人はああ言うものの、なんとしても秘密を漏らすわけにはいかない。その上で、与えられた役割も必ず全うするのだと強く誓う。
「そんなこと言われたらオレ、命を賭けるよりよっぽどプレッシャー感じちゃうよ」
苦笑しながらゴンが言った。柔らかく弧を描いているだけだったクラピカの口から、こらえきれず薄く笑いが漏れる。
「それが目的だからな」
ゴンは「なーんだ」と拍子抜けして笑い始めた。キルアの口角がひくひくと震える。なんともブラックなジョークだったが、たとえそうでも構わないほどは決意に燃えていた。

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 ひきつり笑いをうかべるキルアと穏やかに微笑むクラピカ、二人の視線が交差したのが合図だった。キルアは照れくさそうに目線を外すと、少しして踵を返した。
「んじゃ、オレそろそろ行くよ」
その言葉には慌てて身を乗り出す。自分もゴンに同行するという先の提案が人知れず流れたままなのだ。しかしが口を開くより早く、静かなホールに呆れ声が響いた。
「おーい、お前もだろ」
粘るような半眼がを見ている。
「あ……うん!」
喉まで出かかった言葉を飲み込むと、は小走りでキルアの元へ向かった。人員の配置に誰も言及しないということは、これでベストなのだろうと無理やり自分を納得させる。
「キルア、! 気をつけてね!」
背後から聞こえたゴンの声に応えるべく、二人は笑顔で振り向いた。