No.130 : Will


 しかしどれだけ後がなかろうが、はあっさりクラピカと別れる気にはなれなかった。それを見透かしたかのようにゴンが視線をよこす。は覚悟を決め大きく息を吸い込んだ。
もクラピカのために何かしたい」
キルアのこめかみが引きつる。
「っ、だからグリードアイランドはどーすんだよ!」
痛いところを突かれたの息が一瞬つまった。すると横からゴンが慌てて身を割り込ませる。
「それについてはオレに秘策があるんだ」

 現時点で詳細は明かせないものの、自身の感覚では六割の成功率が見込めるはずだとゴンは言った。キルアは疑い深そうにゴンの顔を覗き込んでいたが、しばらくしてすっぱりと深追いをやめた。残り二日で六十億稼ぐよりよほど現実的だと判断したのだ。

 ゲームの件はゴンに任せて一旦保留とし、先に旅団を追うということで方針は決まった。
 三人がレオリオの元へ戻ると、電話を終えたらしいクラピカもそこにいた。二人で何を話していたのか、彼が纏う張り詰めた空気には思わず背筋を伸ばす。
「クラピカ!」
ゴンが名を呼んだとたん、クラピカの周りが一気にクリアになった。
「オレたちにもなにか手伝わせてよ」

 ゴンの横でが頷く。キルアはつい漏れ出そうになったため息を押し殺し、じっとクラピカの横顔を見つめた。そして心の中で、これまでのようにバッサリと切り捨てられるよう強く強く念じる。自身にメリットがないせいでどうにも気乗りしないのだ。

 クラピカはキルアの態度を気にしたふうもなく、試すような瞳でゴンたちを見下ろした。
「賞金は撤回されたんだぞ」
「わかってる」
間髪入れずにゴンが答える。ただただ旅団を止めたい一心であることを告げると、クラピカの眼光が鋭さを増した。
「命懸けだぞ」

 決して大げさな表現ではない。はつい先日味わったばかりの、ほんのすぐそばまで迫っていた死の気配を思い出した。ゆっくりと血の気が引いていく。だんだん感覚がおぼろげになる手のひらを慌てて固く握りしめた。
 どれだけ待っても一向に引かない二人の意志を汲み取ったクラピカは、とうとう観念したように視線を外した。

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 いよいよ作戦を練ろうというところで、気まずそうな顔をしたが待ったをかけた。なんの意味もないどころかただただ和を乱してしまう恐れすらあったが、仲間として、このまま黙っているべきではない気がしたのだ。
 が旅団の一部と顔見知りであったことを明かすと、周囲の空気がざわりと揺れる。クラピカの口元が忌々しげに歪むのがわかった。

 そのとき、二人の間にキルアの右手が振り下ろされる。
「ちょっと待った。言っとくけどそれ以上の繋がりはないはずだぜ」
なんせその本人に何の躊躇もなく殺されるとこだったからな、と苦笑混じりで付け加えられる。すると今度は横からゴンが身を乗り出した。
「オレもそこに居たけど、何かあるようには見えなかったよ」
熱を持ったゴンの瞳が懇願するように見上げる。クラピカは何も喋らない。

「おい、クラピカ」
レオリオがじれったそうに声をかける。それから少し間があった。クラピカはこめかみを抑えるように目元を右手で覆うと、細く長い息を吐いた。
「……もちろんそこに疑心はない」
どうやら彼が引っかかっているのは別の点だったらしい。四人はひとまず肩の力を抜き、柔らかなソファに背を預けた。

 クラピカはまたしばらく考え込んでいた。うつむき加減の顔に影がかかり、苦しげに何かを思いつめているようにも見えた。
 床に落とされていた視線がそろそろとを捉える。
「本当に、いいんだな」
その言葉ではハッとした。先の間の正体は自分への疑いではなく、気遣いからくる葛藤だったのだ。落ち着いていたはずの胸の内が再び強く締め付けられる。
「……うん。クラピカの力になりたい」
心からの言葉が思わずこぼれ出た。実際にどこまで貢献できるかはわからないが、少なくとも、曖昧な立場が彼の障害になってしまうことだけは避けたかったのだ。
「すまない。恩に着る」
そう言って口元を緩ませるクラピカの瞳には、いつもと変わらぬ強い意志が戻っていた。

▼ ▼ ▼

 役割は順調に決まっていった。旅団のアジトを張る中継係がキルアと、クラピカとともに行動する運転手はレオリオだ。
「最後にゴンだが……撹乱係を頼む」
「かく……?」
音だけでは読み取れなかったゴンが首をかしげた。
「敵の目をくらませる役だ」
すかさずクラピカのフォローが入る。納得しかけたゴンが口を開くより早く、ギョッとした顔のキルアが間に割り込んだ。
「ちょっと待て。それってかなりヤバイ役じゃね?」
始終身を隠しておけば良い中継係とは違い、最終的に旅団と直接対峙する必要がある。危険度の高さで言えば段違いだろうとキルアは続けた。
「それなら」
も、と挟みかけた言葉が喉につかえる。何者かに右腕を掴まれたのだ。