No.129 : Rainy


 クラピカが下す結論を皆が待っていた。残党の捕縛を熱心に焚きつけたキルアはなおさらだ。とはいえ、恨みの深さから考えれば、きっとこの流れのまま進んでいくのだろうとは漠然と考える。もちろんそのときは全力で助太刀するつもりだ。
 しかし長い沈黙のすえ彼が口にしたのは、予想とはまるきり真逆の答えだった。
「……奴らの頭が死んだ以上、もうその必要はない」
緊張で真横に結ばれていたの口が、驚きのあまり薄く開く。すぐにハッとしてクラピカの顔を見つめるも、彼の中に虚勢の色はなかった。
「私は同胞たちの眼を取り戻すことに専念するよ」
相変わらずの穏やかな口調でクラピカは断言した。

 危険を野放しにするという点で素直に喜べる状況ではない。しかし復讐ばかりに支配されていた彼が次のステップへ進み始めた事実は、なんとも感慨深いものがあった。仇討ちのときとは違い、いくらの抵抗もなく覚悟が決まる。
にもぜひお手伝いさせて」
は思わず口にしていた。懸賞金はどうした、と言いたげなキルアの視線には一旦気づかないふりをする。
 クラピカが口を開きかけた瞬間、静閑だった部屋に不釣り合いな電子音が鳴り響いた。

 携帯電話の画面を確認したクラピカは言葉もなく立ち上がり、部屋を出て行く。その横顔はどこか青ざめて見えた。
「おい、どうしたんだよ!」
「クラピカ!」
皆が口々に叫んだ。慌てて後を追う四人に構わず、クラピカは足早にラウンジ方向へ向かう。
 何度目かの呼びかけでようやく彼の歩みが止まった。四人がホッとしたのもつかの間、クラピカは依然ヒソカと繋がりがあるのだと前置きする。
「じゃあさっきの連絡もヒソカから?」
キルアの問いにクラピカは頷いた。
「ああ。……死体は偽物であると」

 その事実を聞いた途端、の膝から一気に力が抜けた。地味な音がして、臀部から頭のてっぺんに鈍痛が走る。
!?」
四人の声が重なった。尻餅をついたままのは、眼をしぱしぱさせながら、レオリオが差し出してくれた手を取る。
「ご、ごめん。びっくりしちゃって」
「何やってんだよ」
呆れたようなキルアの声が投げかけられる。はレオリオの力強い手に引っ張り上げられながら、胸中を満たす不思議な感情の理解に苦しんでいた。

「……旅団の中にそういう能力者がいるらしい」
クラピカはが立ち上がるのを見計らって続けた。の脳裏に懐かしい顔が浮かんだちょうどその時、同じ考えに至ったゴンとキルアが同様の名前を口にする。
 ヒソカと対戦したダブルの使い手、カストロ。結果として見破られてしまったものの、分身の出来だけで言えばあのヒソカをも欺けるクオリティだ。
「確かに、同じ具現化系ならば可能………」
そう呟き、クラピカは苦々しげな顔で拳を握った。
「くそっ、なんでこんなことに頭が回らなかったんだ」
悲痛な声にの胸が痛む。ようやくしがらみから解放されたかと思えば、実際にはなんの進展もなかった。旅団討伐が一筋縄ではいかないことをまざまざと思い知らされただけだ。
「事態は急変したぜ。どうする?」
キルアが急かすように問うた。そして付け加えられた「オレたちは何でもやるぜ」との言葉に皆が頷く。クラピカは深く考え込む。――するとまたしても、突然の電子音が静寂を裂いた。

 今度の着信は通話だったらしい。クラピカはすぐ先にあるラウンジで待つよう告げると、さっそく携帯電話を耳に当てた。
 四人は言われたとおり、ロビーに併設されたラウンジエリアへ足を運んだ。ソファに腰かけてからしばらくすると、クラピカが戻ってくる。
「ヒソカから?」
キルアの問いにクラピカは首を振った。
「仕事仲間だ。コミュニティが旅団の捜索を諦めた、と」
降って湧いたような情報にみな言葉を失った。つい先程まで意欲に溢れていたキルアの表情が陰りを見せる。嫌な予感がしてたまらない。
「かけられていた懸賞金も白紙に戻したらしい」
恐れていた事態にかっと血が昇る。
「一体なんで!」
ラウンジ中にキルアの声が響き渡った。

 社会的に存在していない人間が住まう場所、流星街。マフィアたちはそこへゴミと称し大量の武器や貴金属を援助する。一方、流星街は対価として人材を派遣し犯罪行為に加担する。そんな両者の蜜月関係を壊した幻影旅団は、流星街の出身であるらしい。

▼ ▼ ▼

 いよいよ本降りになってきた雨が窓の外を仄白く煙らせる。
 クラピカが競売についてオークションハウスへ問い合わせている間、ゴンたちは先の話をもとに、改めて今後の予定について話し合っていた。
「ダメだ!」
一片の迷いもなくキルアは断言する。クラピカとともに旅団を追う気でいたゴンは残念そうに唇を尖らせた。
「さっきまでノリノリだったのに」
「もう賞金もねーってのにそんなリスク犯してられるか」
キルアはうんざりした顔でため息をついた。たしかに彼の意見にも一理ある。そもそも、自分たちには人に手を貸す時間の余裕など残っていないのだ。