No.128 : Cloudy


 クラピカと無事再会を果たした三人は、レオリオが待つ市場へと向かった。念願のときを前にの足取りは自然と軽くなる。
 入口を入ってすぐ、黒いスーツが目に付いた。ほぼ同時にこちらに気づいたらしいレオリオが右手を上げ近づいてくる。
「これで全員集合だね!」
そう言ってゴンが嬉しそうに皆の顔を見回した。約束の日より少し遅れてしまったものの、全く境遇の異なる三組がこの場に居合わせているというだけで上出来だ。

 レオリオが言うには、つい先程まで一緒に行動していたゼパイルは、小切手の確認がてら更なる値打ち物を求めて出かけて行ったらしい。相変わらずの商人魂には思わず笑みを漏らす。
「それにしても」
そう勿体をつけるレオリオの視線が捉えたのは、再会したばかりのクラピカだった。訝しげに腕を組むと、品定めでもするかのように頭からつま先までまじまじと眺める。
「なんつーか、威圧感? 迫力みてーなもんが出た気がするな」
「……そうか?」
本人には自覚がないらしい。しかしレオリオが受けた印象はも先ほどから実感済みだ。妄想や勘違いではなかったのだとわかり、再び胸が締め付けられる。

 一方、クラピカは何の熱も興味もなさそうな顔でレオリオの姿をさらりと一瞥した。
「君は……たいした変化もなさそうだな」
「ムカつく度も増したなオイ」
レオリオのこめかみがピクピクと震えている。ひとり勉学へ励んでいた身にはなかなか堪える評価だった。

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 再会の喜びを分かち合うのもそこそこに、五人はホテルへと場所を移す。窓の外では、朝の快晴が嘘のように鉛色の厚い雲が空を覆い始めていた。わずかに遠雷が聞こえる。
 ウイングの教えからすると、念能力は日々の地道な積み重ねによりゆっくりと向上していくもの、という話だったはずだ。一足飛びで劇的な変化が起こることなどありえない。三人とも、それを胸にこれまで励んできた。
 しかし久しぶりに会ったクラピカはいつのまにか、自分たちの遥か遥か先にいた。命からがら逃げるだけで精一杯だった相手の仲間を、たった一人で打ち負かしていたのだ。
「――私が旅団の一人に勝てた理由、だったな」
クラピカはそう言って皆の顔を見回した。わざわざ人の目を避けてここへ来たからには、もう以前のように沈黙を貫くつもりなどないのだろう。

 念には精神が大きく影響する。己にルールを課し、誓いを立てることで、念の力は爆発的に強化されるのだとクラピカは言った。
「私は能力の大半を打倒旅団のために使うと誓った」
彼の右手を這うように細い鎖が現れた。手首から五本の指へ向かって伸びたそれは、指輪の要領でそれぞれの根元に収束する。
「そのためにルールも決めた」
世界に名を馳せるあの強者たちと対等に渡り合うほどの力だ。生半可な条件でないことは容易に予測がつく。それでも、クラピカの覚悟はたちの言葉を奪うのに十分な衝撃をはらんでいた。
「旅団でない者を鎖で攻撃した場合、私は命を落とす」

 彼の想いの強さは重々承知だったはずだ。しかし実際にその十字架を目の当たりにして、は平常心ではいられなかった。彼の人生は本当に――旅団を、旅団だけを中心に動いている。
「これでわかっただろう。私の話など、聞いたところで全く参考にはならないと」
息を飲む四人を前に、クラピカは表情を崩さず続けた。
「お前たちだから話した。他言はしないでくれ」

「……なんで」
静まり返っていた部屋の中にキルアの声がポツリとこぼれる。
「なんで話したんだ、そんな大事なこと!」
キルアは勢いよく立ち上がると、きょとんとした顔のクラピカをじっと見つめた。普段なら間髪入れずに飛び出すはずの反論はいつまでたっても聞こえてこない。
「なぜ、だろうな」
そう言ってクラピカは視線を落とす。
「奴らの頭が死んで……気が抜けたのかもしれない」
彼の言動の裏にはいつも確かな意志があった。しかし今は違う。こんなにぼんやりとしている彼を見たのは初めてだった。

「まずいんだ……まだ残ってる」
キルアの顔は焦りにこわばっていた。そこではハッとする。討たれたとされている六人の写真の中に、パクノダの顔はなかった。
 対象者に触れるだけで欲しい情報を読み取れる能力者。彼女にかかれば黙秘の意志などなんの意味もない。
「あの女にこのことを知られたら終わりだ」
キルアの言葉にはぎゅっと眉根を寄せた。念能力の向上を図ろうと動いたはずが、それを成せなかったどころか、クラピカの生死に関わるリスクを高めるだけの結果に終わってしまった。取り返しのつかない失態に血の気が引く。

 これまでずっと黙っていたゴンが、きょとんとした顔でキルアを見上げた。
「でもあの時はバレなかったよ?」
「あの時はまだ鎖野郎の正体に気づいてなかったからな」
クラピカと鎖野郎、二つの名前が繋がるより前に記憶を読まれたことは不幸中の幸いだった。いくら目的の情報を持っていたとはいえ、本人が知り得ない関連性を辿ることは不可能らしい。
「しかしよ、一度シロだと判定されたんならもう安心なんじゃねーか?」
こちらから近づきさえしなければ問題はないというレオリオの見解にも、キルアは首を振る。
「他にもノブナガって奴がいて、こいつがヤバい」
旅団として鎖野郎を追う姿勢はもちろん、ゴン達への執心もきっと健在のはずだ。放っておいてもあちら側から接触してくる可能性は高い。

「……確かにこの状況は私にとって危険だな」
顎に手を当て、神妙な顔をしたクラピカが言う。
「だからこそ奴らが弱ってる今がチャンスなんだ」
奴らが地下に潜ってゆっくり力を蓄える前に、なんとしても芽を摘む必要がある。即座にキルアが力説した。
 静かになった部屋に満ちるのは、窓を叩く雨の音。クラピカは何も喋らない。深く考え込む彼を見つめるキルアの瞳は、いつになく熱意に燃えていた。