No.127 : Sunny


 待ちわびていた人物からの電話は、予想もしない切り出しで始まった。旅団が死んだ――クラピカは確かにそう言った。しかし長年の悲願にもかかわらず、彼の声色にはどこか陰りが見える。常日頃から自身の中核にあったものが突然行き場を失ったのだとしたら、単純に喜べないのも無理はない。

 結局クラピカはこちらの返事も待たぬまま通話を切ると、それ以降着信に応じることはなかった。
「ダメだ。電源まで切っちゃったみたい」
すっかり静かになった携帯電話を見下ろしてゴンが言った。
「まだあっちは取り込んでんのかもな」
レオリオの言葉には残念そうな顔で頷く。いくら良い傾向とはいえ、それに伴う事後処理などもあるだろう。もともと多忙な彼の対応としては平常運転だ。
 一連の流れを黙って見ていたキルアが立ち上がる。そのまま大きく伸びをして、皆の顔を見回した。
「……まぁ、なんにしろクラピカの助け無しじゃ始まんねーし。明日はとりあえず一日かけて待ってみるか」
「うん!」
ゴンとの声が重なった。

▼ ▼ ▼

 翌日はまるで狙ったかのような快晴だった。朝一で競売へと向かうレオリオを見送り、三人は軽食のテイクアウトを探して回る。オークションとそれにまつわる行事で大賑わいの街では、早朝といえど店選びに困ることがない。
「これおいしそう。あとこれとこれも。クラピカも好きかな?」
にやけ顔のが指差したのは、ピザ店のショーウィンドウ。オーソドックスなトッピングと季節限定品、そしてその店一番の人気商品だった。
「んなこと言ってオマエが食いたいだけだろ」
「……えへへ」
ジト目のキルアに見つめられ、は恥ずかしそうに頬をかいた。するとそれを見ていたゴンがにこやかに右手を挙げる。
「オレも賛成。選び方も丁度いいと思う!」
「じゃ、決まりだな」
キルアはとりあえず茶々を入れたかっただけのようで、特に反論などはなくあっさりと決着がついた。それからも流れるように買い物は続く。
 デイロード公園で待つ旨は既にメールで伝えた。あとはそれに気づいたクラピカがやって来ることを祈るのみ。長期戦は覚悟の上だ。

 三人が山積みのバーガーセットとピザを抱えて公園へ向かうと、一面に広がる芝生のあちこちで日向ぼっこを楽しむ利用者の姿が散見された。は端から端まで目を凝らしてみるが、目当ての人物はまだいない。
「ま、そんな簡単にいくわけねーからな」
涼しい顔でそう言って、キルアはその場にどっかりと腰を下ろした。そしてさっそく揚げたてのポテトを頬張る。
「あ、抜け駆け!」
「っいただきます!」
ゴンともそれに倣うと、あっという間に争奪戦が始まった。

 四方から伸びた手が代わる代わるにポテトを攫うと、瞬く間に包みは空になった。一所に集まる窮屈さから、今度は各々別のメニューへ移っていく。
 当初は相手に取られまいとただただ必死だったはずが、今では誰が一番多く食べられるかの争いとなっていた。食欲の猶予という点ではも引けを取らないものの、単純な速さだけでいえばゴンとキルアが優勢だ。各店舗の同メニューを食べ比べるという贅沢な試みを独自に始めたせいだった。

 買い込み過ぎたかと思われた食べ物の山は、順調なペースで消費され続けている。
「……あ」
抜きつ抜かれつを繰り返していたゴンが突如食べるのをやめた。遠方をじっと見つめたまま固まっていたかと思うと、その食べ物で満杯の口が豪快に開く。
「ぶぁはピカ!」
はっきりとしない発音だが、覚えのありすぎる語尾には勢いよく振り向いた。夢にまで見た金色を視界に捉える。
「クラピカ!」
は思わず叫び、持っていたピザを急いで箱に戻す。気づいた時には駆け出していた。なにやら背後でキルアが毒づくのを感じたが、今はそれどころではない。

 一族を滅ぼされたクラピカの悲しみは、ごく平凡な人生を歩んできたには測りきれないものだった。それでもなけなしの想像力を働かせてみると、彼が復讐を望むことは至極当然だと思えてならない。
 しかし、それを手放しで応援できるかといえば話は別で、彼が人を殺めて平気でいられるとはどうしても思えないのだ。だからこそ、彼自身の手を汚さずに旅団が壊滅した今回の出来事はにとって吉報も吉報、まさに理想の展開だった。

 パドキアで別れて以来、数ヶ月ぶりに対峙した彼の雰囲気には息を飲む。以前からその節はあったが、どこか儚さが増したような――かといって弱々しいというわけではなく、むしろ凄みのような迫力も備えている。
 彼が今までどれだけ過酷な場所に身を置いていたのかを物語るようで、は心臓が締め付けられる心地だった。
「……良かったね!」
ゴンが前のめりにそう言うと、も黙って頷いた。口を開いたとたん、安堵と感傷で目から何かが溢れ出しそうだったからだ。

「これで一番やりたかったことに集中できるね!」
目を丸くしているクラピカに、再度ゴンが声をかけた。奪われた仲間たちの眼を探すこと。懸賞金などなくとも、もちろん協力したい気持ちでいっぱいだ。
「もしオレたちに手伝ぶ」
しかしゴンの申し出が最後まで紡がれることはなかった。突然目の前が真っ暗になり、顔全体にひんやりとした何かがまとわりついてくる。すぐに手元へ落ちてきた実物と、開けた視界でニヤつきながら距離を取る友人からすぐに合点がいった。
「っ……キルア!!」
滴るクリームもそのまま、ゴンは込み上げる憤りに任せて立ち上がった。しかし、その横を何者かが通り過ぎる。

「食べ物を粗末にしちゃダメ!」
だった。珍しく眉尻をはね上げて声を荒らげるその姿に、思わずキルアの動きが鈍る。すかさずは距離を詰め始めた。
「せめてぶつけるならの顔にして。全部受け止めるから!」
「……なんだよその発言、こえーよ!」
キルアは顔を引き攣らせながら後ずさりすると、隙を見て駆け出した。もすぐさま後を追う。その目的はあくまでキルアの左手のパイを救うことだが、当の本人は気付かない。
 そして最後尾には、面白がってついてまわるゴンがいた。先ほどまで腹を立てていたはずが、すっかり毒気を抜かれてしまったのだ。

 しめやかだった空気は嘘のように霧散し、その代わり三人のはしゃぐ声がそこかしこに広がった。
 日の当たる場所で、悲願成就をともに喜んでくれる者たちが仲睦まじく戯れている。まるで夢かと思えるほどの優しい光景に、クラピカの口角はやわらかく綻んでいった。

晴れの日。