No.126 : Banquet


 頬を染め上機嫌な二人の顔には心配のしの字もなかった。無用な負担をかけなくて済んだと喜ばしい反面、どこか寂しい気持ちも拭えない。の足元がぐらりと傾いた。
 そんなことなどつゆ知らず、レオリオが酒瓶を豪快に掲げた。茶色の瓶の中で残り少ない液体がちゃぷんと跳ねる。
「ほら、お前らも飲め飲め」
たちまだそういう年齢じゃないから……」
は苦笑いを浮かべながら後ずさった。するとキルアが半眼で二人の間に割り込む。
「つーかレオリオも未成年じゃなかったのかよ」

 ハンター試験で熱心に若さを主張していた彼の姿が思い起こされる。しかしレオリオは取り乱すどころか至極平然とした顔で口を開いた。
「オレの国では十六歳でアルコール解禁だからな」
なるほど納得だった。まぁオレは十二から飲んでたけど、と悪びれなく続けられた言葉にはみな聞こえないふりをする。
「まァ酒はともかく座れよ」
アルコールで頬をうっすらと染めたゼパイルが軽く床を叩いた。

 すすめられるがまま隣に腰かけたは、目の前にあった封の空いた袋から目が離せなくなる。思えば半日近く何も口にしていない。最後に立ち寄った喫茶店でも、頼んだのは飲み物だけだ。
 相当物欲しそうな顔をしてしまっていたのだろう。気を利かせたゼパイルが手近な袋をのそばへ引き寄せた。
「ほら。……腹が膨れるようなモンじゃなくて悪いが」
「いえ、食べ物ならなんでも嬉しいです!」
はぶんぶんと首を振ると、礼を言い、さっそく一枚つまんで口に入れた。久しぶりの濃い塩味がガツンと舌を刺激する。まるで目が覚めるようだった。

「あ、ずりー。オレにも」
そんな声とともに横から伸びてきた手のひらが、数枚を一度に攫っていく。が慌ててゴンも誘うと、消費ペースはますます極悪だった。山のように積まれていたスナックたちは一瞬で消失してしまう。
「……そういやメシはあれ以来か」
かたわらで見ていたレオリオがぼそりと呟いた。それをきっかけに、話題は彼と別れた後の出来事へと移り変わる。

 三人が尾行からの経緯を話していくうち、ほろ酔いで浮ついていたレオリオの言動は次第に普段の調子を取り戻していった。
「なにかあるとは思ってたが、まさか顔見知りとはなぁ」
そう言いながらレオリオは気の毒そうにを見る。いざ対面してみればまるで見向きもされなかった現実を思い出し、は力なく笑った。
「……まぁなんにせよ無事で良かったぜ」
レオリオはそれ以上深掘りすることをやめ、小さな肩をポンと叩いた。ゼパイルと意気投合してすっかり盛り上がってしまったが、三人を心配していた気持ちは本当だ。今さらになってようやくこの奇跡を噛み締める。

「今回はゼパイルさんに助けられたよ」
ゴンがそう言って、黙々と酒をあおっていたゼパイルに視線を向けた。完全に聞き手に回っていたはずがいつのまにか話題の中心に据えられ、ゼパイルは何事かと首をかしげる。
「正確には、教えてもらった殺し技にだな」
キルアは笑い混じりにそう言って、目の前のチップスを数枚一気に頬張った。

 団員に出口を塞がれた部屋でヨコヌキが役立ったのだと聞き、ゼパイルは照れ臭そうにはにかんだ。自身の知識がゴンたちを助けたことはもちろん、自分の言葉がしっかりと彼らの中に根付いていたというのも喜ばしい。
「ありがとう。ゼパイルさん」
が満面の笑みで礼を述べる。
「……なるほどな。そりゃあよかった」
そう言ってゼパイルは新しい煙草に火をつけた。大きく息を吸い込むと、慣れ親しんだ香りが肺いっぱいに満ちる。しかし今日のそれはいつもより美味い気がしてならなかった。

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 さらに酒は進み、和やかな時間が流れた。三人は各々好きな菓子をつまみながらゼパイルの話に聞き入っている。つい数時間前まで生命を脅かす状況にいたのがまるで何かの悪い夢だったような心地だ。
 何本目かの瓶を空にしたレオリオがふと時計に目をやった。
「……そういや、お前ら明日の競売はどうすんだ?」
レオリオはゼパイルとともに朝一で向かうのだという。ゴンたちは互いに顔を見合わせ、小さく唸った。

 二人だけで手は十分に足りている。行きたい気持ちはもちろんあるものの、ゴンたちにはそれより優先すべき課題が控えていた。
「うーん。クラピカに念を教わらなきゃならないからなー」
キルアがそう零すと、レオリオは目を見開いた。
「お、ようやく繋がったのか」

 ゴンが頷くのを見て、レオリオはどことなく嬉しそうな顔で新たな瓶に手をかけた。しかしそのまま彼の動きは停止する。妙な間があった。
「……待てよ。いま念を教わるって言ったか?」
「え、うん」
きょとんとした顔でゴンが答えた。クラピカの桁外れの強さについて、三人の中ではすでに共通認識と化していたが、これまで別行動だったレオリオにとっては知る由もないことだ。

「おいおい、アイツだって念覚えたの最近だろ?」
わけがわからないといった顔でレオリオは三人に詰め寄る。するとキルアが涼しい顔で頷いた。
「ああ。それでもクラピカは旅団の一人を倒してるんだよ」
元々ただ者ではない気はしていたが、さすがに度が過ぎている。あまりに現実離れした話にレオリオはしばらく開いた口が塞がらなかった。

小休止。