No.125 : Refusal


 何度かけても繋がらなかった電話が図ったかのように応答を示す。数回のコール音の後、懐かしい声が耳に届いた。
「――もしもし」
「あ、クラピカ!」
ゴンの声が弾む。キルアと共に隣で耳を澄ましていたは、渇望していた繋がりに人知れず拳を握った。
 どうやらクラピカ側は立て込んでいるらしかったが、一分だけ時間をくれというゴンの提案を突っぱねることはしない。

 相変わらずの包容力に胸が温かくなったのもつかの間、ゴンの一言で空気が凍りつく。旅団に会った――まずは前提からと軽い気持ちで切り出した途端、クラピカが息を飲むのがわかった。さらに捕まったことを話し始めると、説明の途中にも関わらず大きく息を吸う音。
「何を考えてるんだお前たちは!」
ゴンは思わず端末を取り落としそうになった。あまりの大音量に、横で聞き耳を立てているだけのキルアとですらハッと背筋を正してしまう。ここまで激昂した彼の声を聞くのは初めてだった。
「相手がどれだけ危険な連中かわかっているのか!」
間髪入れずに次の怒号が飛ぶ。すっかり固まってしまったゴンに代わってキルアが電話を受け取った。
「わかってたつもりだったけど……会って痛感した」
珍しくしおらしげなキルアの声にクラピカの勢いが削がれる。
「確かに今のオレ達だと手も足も出ない。だからクラピカの協力がいるんだ。……それに」

「オレ達も力になりたい」
隣でが静かに頷く。しばらくの間があった。
「ふざけるな。お前達の自殺行為に手を貸す気はない」
返ってきたのは容赦ない拒絶の言葉だった。まるで付け入る隙のない、毅然とした声だ。
 しかしキルアもこのまま引き下がる気はなかった。念を習得してたった数ヶ月にもかかわらず、旅団の一人を沈めてしまえるほどの力をクラピカは持っている。ゴン達とて、この数ヶ月間の大部分を修行に費やしてきたはずだが、この差は一体なんなのか。それを知るのが今の自分達に最も必要なことだとキルアは考えていた。

 手に入れたばかりの情報を交換条件に、クラピカの協力を請う。アジトの場所に旅団の能力、彼らと対峙するには必要不可欠なものだ。
 だが、クラピカの態度は相変わらずだった。情報については既に確かなルートがあるらしい。頑なな拒絶反応に加え、挙げ句の果てにはくどいとまで言い放たれ、ついにキルアの堪忍袋の尾が切れた。
「そーかよ。……お前がオレ達のこと仲間とも対等とも思えないなら、どんな手使ってでも協力してもらうからな!」
もうこれ以上言うことはないようで、キルアは強引に電話をの手へ押し付けた。

 は手中の電話を見つめて少し考えたあと、いつになく凛とした顔で口を開いた。
「ねぇ、クラピカ」
返事はなかったが、構わず続ける。
「やくそく……覚えてる?」
なにを置いても、まずは包み隠さず話すこと。一人で抱え込まないようにと、飛行船で互いに誓いを立てたのだ。何の拘束力も罰則もないただの口約束だが、にとっては彼との大事な繋がりだった。
、待ってるから」
相変わらずの無言に構わずはそう言い切ると、電話をゴンに返した。話したいことはたくさんあるが、まずはこの壁をどうにかしなければ始まらない。

 あらためて電話を受け取ったゴンが口にしたのは、アジトで見たノブナガの行動だった。失った仲間を想って取り乱し、涙を流した姿はこれまで持っていた旅団のイメージからはかけ離れている。ゴンはそれを見て、無性にやるせない気持ちになったのだと語った。
「――オレ達も旅団を止めたいんだ。頼むよ、クラピカ」
強い拒絶の言葉が飛んでくることはもうない。少しの間があり、代わりに聞こえてきたのは「こちらからかけ直す」という切羽詰まったような返事だった。

 了承は得られなかったものの、有無を言わさず突っぱねられていた当初よりは明らかに態度が軟化している。色よい返事を期待しながら、三人はやって来た電車へと乗り込んだ。

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 会ったばかりにもかかわらず競売を快く引き受けてくれたゼパイルと、尻込みしていた自分の背を優しく押してくれたレオリオ。早く彼らの心配を解消したい気持ちでいっぱいのは、電車を降りた途端、ホテルに向かって走り出した。
!」
「あっ、オイ待てよ!」
ゴンとキルアは慌てて後を追う。昼と変わらぬ賑わいを見せる夜の街で、三人は人ごみの間を縫いながら一気に駆け抜けた。

 あっという間に部屋の前へやってきた三人は、予想していたものとは少し異なる空気に首を傾げた。壁の向こうから、賑やかな話し声と笑いが漏れている。恐る恐る扉を開けると、強烈な煙と酒気が鼻の奥をついた。
「よーしもう一杯いっとこ!」
威勢のいい声がして、次の瞬間、レオリオとゼパイルが同時に笑い出す。二人がゴン達の存在に気づくまでしばらくかかった。
「おー、戻ったか」
それほど感慨もなさそうにレオリオが視線をよこした。酒盛りをする彼らの周りには食べ散らかしたスナックの袋と空き瓶が散乱している。灰皿はもうすぐ満杯を迎えそうだ。想像とのあまりの落差には目眩がしそうだった。