No.124 : Escape


 外に出ると、辺りにはすっかり夜の帳が降りていた。はもつれそうになる足をなんとか動かしながら、前を走るゴンとキルアの後に続く。
 あれから三人は、扉から正面突破すると見せかけて左右の壁を破壊し脱出。さらには姿を隠して奇襲をかけるかのように振る舞い、相手がその場で身構えたところでそれを置いてさっさと建物から脱走してしまったのだった。

「バーカ」
キルアが未だ警戒を続けているであろうノブナガに向かって悪態をつく。
「ちぇー。アイツぶっ飛ばしたかったのに」
ゴンが名残惜しそうにぼやいた。逃げ出せた安堵より後悔が先に立つという彼らしさには思わず舌を巻く。
「絶対ムリだって。返り討ちにあってあの世行き」
キルアは視線だけ向けてそう言うと、軽やかにフェンスを飛び越えた。

 ほとんど念の基礎しか知らない自分たちが手練れの彼らに敵うはずがない。涼しげな顔でそう判断するキルアを横目で見たは、こっそりと胸を撫で下ろした。周りの反対を押し切って自ら死に飛び込もうとしていた姿とはまるで別人だ。

 彼が調子を取り戻し安心したのもつかの間、今度は強烈な居心地の悪さがを襲った。立て続けに起こる修羅場でいつのまにか脇に追いやられていたが、未だ解決していないわだかまりが残っている。
「……キルア」
力無い第一声だが、無事相手には届いたようだ。久しぶりに二人の視線が交差する。
「キルアの言ったとおりだった。結果的に見れば、自ら敵に捕まりに行っただけだ」
言いながらどんどん落ち込んでいく心を誤魔化すように、は大きく息を吸い込んだ。
「っ、ごめんなさい!」

「……いや」
返ってきたのは、想定していたよりもはるかに弱々しい反応だった。驚いたはあらためて彼の顔をじっと見つめる。
 キルアとて、の考えが丸きり理解できなかったわけではない。極限の状況下、焦りで神経が昂ぶってしまった末の過言――言い換えれば八つ当たりだ。その結果、冷静になった今では何よりも後悔が大きく心を占めていた。
 キルアは決まり悪そうに視線を彷徨わせていたが、しばらくして観念したように頬をかいた。
「オレもちょっと言い過ぎた。……悪かった」

 の目がさらに大きく見開かれる。しかしすぐに柔らかく細まり、口元には笑みが浮かんだ。なんとも単純だが、まるで胸の内にあった翳りがみるみる晴れていくようだった。
 ゴンは穏やかな二人の顔を見比べてにんまりと口の端を上げた。
「……なんだよ?」
キルアが眉をひそめる。するとゴンは白い歯を見せて心の底から嬉しそうに笑った。
「やっぱり二人はこうじゃなくちゃ」

 キルアとが衝突し、それをゴンが宥めるという構図はこれまでにない。二人の新しい面を見られたという点ではある意味で嬉しいものの、やはり普段の空気が一番心地が良いことをゴンは再認識したのだ。
「……オレさ、無茶言うのはオレの役目だと思ってるんだ」
突然何を、という顔のキルアを置いてゴンは続ける。
「そんでキルアはそれをクールに止めてくれて、はいざという時の仲裁役!」
得意げに鼻を鳴らすゴンとは対照的に、横で聞いていたキルアは呆れ顔で脱力した。
「んだそれ。めちゃくちゃ他人任せじゃねーか」
「……わたしに務まるかな」
つい先ほどまでいざこざの当事者だったは、胸に手を当てて当惑している。ゴンはより一層笑みを深めると、二人の肩に腕を回した。
「へへ。頼りにしてるからね!」

▼ ▼ ▼

 しばらく行くと、足元が瓦礫混じりの砂利から舗装道路へと変わる。街のはずれと言えど、アジト周辺のゴーストタウンぶりに比べて人通りもそれなりだ。ここまで離れれば流石の旅団でも捜索は困難。ゴンたちは移動を徒歩に切り替え、宿に戻るべく駅へと向かった。
「さて、これからどーするか」
「あいつらぶっ飛ばしたい!」
キルアの問いに間髪入れずゴンが答える。当初の目的ということもあり予想通りの流れだが、キルアには一つだけ気がかりな点があった。
「……お前もそれでいいのか?」
キルアはちらりとをうかがい見た。ゴンも「あ」と声を漏らして視線をやる。十人近くいる旅団員のうち、ある一人だけをうまく避けて捕獲するなどという余裕は自分たちにはない。

 しかし二人の心配に反して、は晴れ晴れとした顔で頷いた。
「うん。 誰が相手でもはやるよ」
アジトで別れの挨拶を告げたとき、すでにの覚悟は決まっていた。これからは過去の繋がりに縋るのをやめ、必要とあらば敵として対峙することも厭わないと。

 の瞳に迷いがないことを確認したキルアは力強く頷いた。
「よし。……じゃあまずはクラピカに連絡だな」
「え?」
突然転がり込んできた名前にゴンの目が丸くなる。キルアは小さくため息をついた。
「やっぱ気づいてなかったか。あいつらが言ってた鎖野郎ってたぶんクラピカのことだぜ」
薄々勘付いていたことをキルアに裏打ちされ、はゴクリと唾を飲んだ。彼がどれほどの宿怨を抱いていたかは知っていたつもりだが、いざ実際に手にかけたという事実を耳にすると落ち着いてなどいられない。は早く彼に会いたくて仕方がなかった。