No.123 : Argue


 キルアの言葉には耳を疑った。自分が囮になっている間にお前らは逃げろ――彼は確かにそう言った。先ほどの行動もここから来ているのだと思うと腑に落ちる。しかし、納得できるかどうかはまた別問題だ。
 到底受け入れられない彼の提案に反発すべく、は勢いよく立ち上がる。だが、それより先に反応を示したのはゴンだった。
「何言ってんの?」
片眉をつり上げてキルアを一瞥する。するとノブナガが離れたところから同調した。
「全くだ。やめとけ」

 たった一つしかない小さな出入口を居合の達人に塞がれて、隙など生まれるわけがなかった。それはキルアも重々承知。しかし今の彼はまるで、何かに急き立てられているような印象があった。
「うるせぇよ」
キルアは迷わず立ち上がり、狂気混じりの目でノブナガを見据えた。ノブナガは呆れ顔で肩をすくめる。いくら不本意であろうと、彼は言ったことを必ず成すはずだ。はいよいよ耐え切れなくなり、キルアの右手を掴んだ。
「……離せ」
ドスの効いた声にの背筋がひやりとする。しかし何がなんでも彼を行かせる気はなかった。
 がさらに強く手を引くと、それを上回る力で振りほどかれる。ハッとしたの縋るような視線の先で、キルアは振り向かずに言った。
「あいつの初太刀はオレが死んでも止める。だから」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 ゴンの拳が小気味良い音を奏で、一瞬、時が止まる。
「――っ何しやがんだてめェ!」
後頭部を腫らしたキルアが振り返り、ゴンの胸ぐらを掴んだ。すると負けじとゴンも両眉をつりあげる。
「勝手なこと言うな!」
「あァ!?」
二人の渾身の怒号が部屋の中で反響する。がおどろいて目を瞬かせている間にも、両者の掛け合いはヒートアップしていった。

「死ぬとか簡単に言うなって言ってんだ!」
「オメーだってさっき言ってただろーが!」
間髪入れずに続いていく応酬。しかし、ただただ圧倒されるばかりだったも、今度のゴンの言葉は聞き流せなかった。
「オレはいいの! でもキルアはダメだ!」
は必死の形相で二人の間に割って入り、真正面からゴンを睨む。
「ゴンもダメだよ!?」
「だぁっ、メンドクセーから入ってくんな!」
背後でキルアが地団駄を踏んだ。

 大混乱の中、部屋の隅で一人だけ楽しそうに笑いをかみ殺している者がいた。
「くっくっくっく……」
ノブナガは小刻みに肩を震わせつつ、三人の問答を眺めている。しばらくして、自分の見込みは正しかったとでも言うようにしたり顔で口を開いた。
「なぁ」
それまで途切れることのなかった喧騒がぴたりと止む。
「悪いようにはしねェから大人しくしとけ」
優しく諭すような口調だった。一時の気まぐれなどではなく、心から入団を望んでいるのだとわかる。しかし、従うつもりなど微塵もないゴンたちにはただ煩わしいだけだ。
「団長のお眼鏡にかなわなきゃ帰してやるよ。だが、ここで逃すくれェなら斬る」
一途な好意が容易く殺意へ変わってしまう狂気には目眩がしそうだった。やはり彼らには殺しというものにためらいがない。
「オレに刀を抜かせるな」
ノブナガが言う。冷たく鋭利な殺気はすぐそこまで迫っていた。

 そのとき、ゴンが勢いよく顔を上げた。
「思い出した!」
底抜けに明るい声でそう言うと、彼はキルアとに向き直った。この場に似つかわしくない、晴れやかな表情だった。
「ヨコヌキだよ、ヨコヌキ!」
その言葉を聞いたとたん、ゴンの興奮が二人へ伝染した。多くを語らずとも、それぞれの目的がはっきりと揃う。三人は互いに顔を見合わせ、頷いた。
 出入り口を塞ぐノブナガを睨みつける。案の定、彼は先のやりとりが示すものに気づいてはいない。
「いくか」とキルアが先導を切る。
「うん!」
間髪入れず、ゴンとの声が揃った。

 相手からすれば完全に奇行だ。確実に死ぬとわかっていながら、三人揃って丸腰で向かってくるのだから。しかもそのうちの一人は今の今まで反発していたゴンである。頑なな彼の意志を真逆に曲げてしまえるほどの説得がなされていたようには到底見えない。
 は内心、気が気ではなかった。自分が嘘やハッタリといったものにつくづく向いていないことを自覚しているからだ。もし不自然なしぐさが原因で目的に勘づかれでもしたらたまらない。せめて視線だけでも、とは必死でノブナガの姿を睨みつける。
「お前ら本気かよ……手加減できねェぞ」
ノブナガの眉間の皺がより一層濃くなった。

対峙。