No.122 : Impatience


 窓も死角もないその部屋は、まさに監禁にはうってつけの場所だった。ノブナガは三人を奥へ追いやり、自身は入り口の正面を陣取る。こちらの動向は全て筒抜けだ。
 ゴンの隣に腰掛け、彼の右手の状態を確認し始めたの前に影がかかる。何気なく視線を上げると、これまでに見たこともない形相をしたキルアがこちらを見下ろしていた。
「――お前なぁ!」
至近距離から発せられた怒号が鼓膜をビリビリと揺さぶる。驚いて目を白黒させているに構わずキルアは続けた。
「何のために尾行組から外したと思ってんだよ! ノコノコついて来てんじゃねぇ!」
言いつけを破る前に覚悟していたとはいえ、想像以上の剣幕にの胃はキュッと縮こまった。

 しかし、なにも考えなしに反発したわけではない。気を取り直して立ち上がり、いつもより吊り上がったキルアの瞳を真正面から見つめた。
「……知り合いが、いるから。何か手引きしてくれるかなと思って」
だがキルアの眼光が和らぐことはない。
「何もしないどころかお前のこと殺そうとしてたじゃねーか」
即座に痛いところを突かれては言葉を詰まらせた。たった今けじめをつけては来たものの、見捨てられたことは全くの想定外であり、純粋にショックだったのだ。毅然としていた表情が情けなく揺らぎ始める。
「それは……そう、だけど」
語尾はほとんど聞こえなかった。

 不穏な空気を取り払おうと、苦笑いを浮かべたゴンが二人の間に割り入った。
「まぁまぁ。の気持ちもわかるよ。たぶんオレがの立場でも同じことしてた」
の表情がほんの少し落ち着いたのを確認し、今度は未だ険しい顔のままのキルアを下から覗き込んだ。
「キルアも、がすごーく大事なだけだよね?」
すると堅固だった彼の表情は一気に崩れ去る。
「――はぁ!?」
全力の反発心が声に表れていた。しかしその続きはない。彼は再び不機嫌を纏いながら瓦礫の上に腰かけると、しばらく誰とも目を合わせようとしなかった。

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 キルアは激しく焦心していた。きっかけは、ゴンがフェイタンに拘束され、今にも危害を加えられそうになったあの瞬間。喉元にヒソカのトランプが宛てがわれたときだ。心では命を賭して助けに向かうつもりでいたが、意思に反して身体はピクリとも動かなかった。以前イルミに言われた言葉の数々が濁流のように押し寄せる。
 さらに焦りを加速させたのは、その後のの行動だった。こと戦闘においてははるか後ろを必死でついてくるばかりだったが、あの臆病な彼女が、自分が二の足を踏んでいたすぐ横を軽々と超えていったことに愕然としたのだ。

 すぐに引き止めたのはもちろん彼女自身に対する心配からだったが、後から考えれば、遅れを取りたくなかったという理由もないとは言い切れないことに気づく。それがまたさらに自己嫌悪を加速させ、キルアはもう後戻りできないところまで来ていた。
 言葉もなく立ち上がったキルアは、不思議そうに見つめるゴンとの視線を背に、まっすぐノブナガを睨みつけた。
「おっかねェなァ……」
ノブナガは楽しそうに目を細め、ゆらりと立ち上がる。そして右手を柄に添えると、静かに抜刀の構えをとった。
「先に言っとくが、オレの間合いに入ったら斬るぜ」

 次の瞬間、背の凍るような殺気が三人を飲み込んだ。思わず見入っていたゴンとはハッとする。
「キルア!」
ゴンが慌てて名を呼ぶも、彼の耳には届いていないようだった。なりふり構っていられないは咄嗟に駆け寄り彼の手を引く。しかしものすごい力で振りほどかれてしまった。
 キルアは歯を食いしばり、じんわりと左足に力を込めた。ノブナガは動かない。獲物が懐に飛び込んでくるのを待っているのだ。滝のような汗がキルアのこめかみを伝った。

 気の遠くなるような無音が続き、ついにキルアは踵を返した。そしてやり場のない歯痒さは拳と共に壁の表面を抉る。彼の右手からパラパラと零れ落ちるコンクリート片を見つめながら、はホッと息をついた。
 再びドアの前へ腰を下ろしたノブナガに相変わらず隙はなかった。はゴンの右手に簡単な処置を施しつつ、ちらりとキルアの様子を見やる。しかし彼と目が合うことはない。追い詰められたような顔で一人考え込むキルアに、なんと声をかけていいものかわからなかった。

「ありがとう。少しよくなったよ」
右手の具合を確かめながら、ゴンが底抜けに明るい声で言った。は道具を片付けながら「どういたしまして」と返す。
「……レオリオの方はどうなったかな」
ゴンがポツリと呟いた。ドアに設けられていた採光用の隙間は、いつのまにかただの虚ろな穴と化している。ずいぶんと長い時間が経っていたらしい。
「波長は合いそうだよね、あの二人」
の言葉にゴンが笑顔で頷く。キルアは何も喋らない。

「そういえば、ゼパイルさんに教わったのってヤキヅケとヒラキと……あとなんだっけ」
そう言ってゴンは首をひねる。も一緒に考えてみるが、つい先ほどのことだというのに出てきたのは一部のワードだけだった。
「ヨコ、なんとかだったような」
「……ヨコヅケ?」
即座にゴンが補足してみるも、どこか違和感が拭えない。
「キルアは覚えてる?」
ゴンは何気なく話を振ってみたが、返ってきたのは「忘れた」というそっけない返事だけだ。これを機に諦めても良さそうなものだが、なんとなく彼には引っかかるところがあるらしい。
 二人がうんうん唸っていると、先ほどからずっと心ここに在らずだったキルアが突然二人に声をかけた。