No.115 : Chace


 は口を開きかけたものの、具体的な言葉を紡ぐには至らなかった。面と向かって受けた戦力外通告が脳内に暗い影を落とす。今さら何を言っても、という後ろ向きな感情ばかりが沸き起こり、後を追うことなどできなかった。
 結局、まともに頭が働き出したのは二人が姿を消してからだ。は数度深呼吸をすると、背後のレオリオに向き直る。
「ごめんねレオリオ。さっそくゼパイルさんと合流しよう」
そう言って携帯電話を取り出し、電話帳を開く。しかし降ってきた返事は予想に反していた。
「……。ここはいいからお前はあいつらを追え」
画面上に大きな手で静止がかかる。が勢いよく顔を上げると、レオリオは困ったような笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
「旅団を追うことになったときのお前の顔を見てどうしたもんかと思ったが、今のお前はそれ以上にひでェぞ」
「でも……」
キルアの鋭い眼光を思い出し、は表情を曇らせた。追えば確実に彼の不機嫌を増長させるはずだ。自身の作戦を無視されて気分が良いわけがない。

 しかしそんなの反応を見ても依然、レオリオは姿勢を変えなかった。考えすぎて思わず縮こまりそうになる肩に、優しい掌が添えられる。
「あいつに何か言われたらオレが無理強いしたことにすりゃあいい。……オレだってこれでもあいつらのこと心配してんだぜ。でも生憎スキルが足りねぇ」
はハッとした。あれほど悔しがっていた戦力差を彼が自分から惜しげもなく持ち出している。自身のプライドを捨てて、が助太刀に向かう後押しをしてくれている。
「そのゼパイルってのがお前らが言う通りの奴だとしたら、こっちの人手はもう十分だ」
これは実際その通りだった。社会的な知識を一通り備えたレオリオはともかく、その道に疎くまだまだ子どものが競売に関わったところで、手助けできることなどほとんど無いに等しい。キルアがを競売側につけたのは、その実力を見込んだからではなく、有り体に言えばただの消去法だ。

 でもそれも先ほどまでのこと。ふわふわと定まらなかったの意思はいまやはっきりと、あるべき場所に落ち着いた。
 自身を危険から遠ざけてくれたキルア。最後までこちらの気持ちを汲んで気にかけてくれたゴン。自らを下げたうえ、恨まれ役を買って出てまで本音を後押ししてくれたレオリオ。は彼らのために、彼らを最優先で動くと決めた。
「お。いい顔になったな」
レオリオはそう言って嬉しそうに目を細めた。肩の温もりが離れ、代わりにトン、と優しく背中を押される。
「つーわけで。あいつらを頼んだぜ」
冷たくてずしりと重かった胸の仕えはすっかりなくなっていた。
「ありがとう、レオリオ」
心のままに礼を言って、前へと歩き出す。しかし数歩も行かず、はあることを思い出し「あ!」と声を上げ立ち止まった。
「……でもキルアに怒られるのはだけでいいよ」
未だ彼の本気の怒号を浴びたことはなく、恐怖は拭いきれないけれど。少しして、背後でレオリオが小さく噴き出すのが聞こえた。

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 は完璧にオーラを断ち、席を立った二人組が向かっていた方向へ急ぐ。まずは追いつくことよりも周囲への警戒が優先だ。自分の不手際でゴンとキルアの努力を無駄にしてはたまらない。
 ターゲットは二人、尾行組のメンバーも二人。単純な頭数で言えばすでに手が足りていることは誰の目にも明らかだ。しかしの目的は別のところにあった。もしゴンとキルアが相手に見つかってしまったら、そのときは――ターゲットの片割れと顔見知りである点を前面に押し出して命だけは見逃してもらおうという魂胆だ。なんとも情けないうえ成功する保証すらないが、今の自分を最も有効に利用するならこれがベストだとは信じていた。

 入念すぎる警戒をもって進むと、やがて人気の少ない路地に出た。そのとき、はるか前方にゴンたちらしき人間の姿を捉える。実際に見えたのは米粒ほどの人影だったが、屋根から屋根へ飛び移るという珍妙な移動方法をとる者など今の二人以外に考えられない。
 そのまま距離を詰めることなく後を追っていくと、辺りにはいつのまにか人っ子一人いなくなっていた。の背中に嫌な汗が流れる。もしかしてゴンたちの尾行はバレていて、人気のない場所におびき寄せられているのではないか。
 そこまで考えて、は慌てて被りを振った。自分でさえいとも簡単にたどり着く可能性に、あのキルアが考え至らないはずがない。きっとその上で追跡続行と判断したのだろう。は彼を信じてそのまま後を追った。

▼ ▼ ▼

 キルアは難しい選択を強いられていた。――ターゲットの二人は狙ったかのように人気のない道を進み続け、ついに廃墟の中央で足を止めた。彼らが今立っているのは、崩れかかった煉瓦造りの建物にぐるりと囲まれた、舞台様の床の上だ。キルアはそれを陰から見張りつつ思案していた。このまま監視を続けるべきか、涙を飲んで撤退するか。
 彼らが単に仲間と待ち合わせているだけだとすれば続行だ。旅団のアジトを暴ける可能性がある。一方、自分たちを誘っているとなると話は別で、これまでの労力は惜しいもののすぐさま逃げる必要があった。
 だが、現時点ではどちらとも判断がつかないのが実情だ。それゆえキルアはターゲットの表情や仕草から情報を得ようと神経を研ぎ澄ませている。電話先のゴンにも同様の監視を続けるよう伝えた直後、ついにターゲットに動きがあった。

奥の手要員。