No.114 : Removed


 周囲に異変が起こったのはそれからすぐのことだった。多少の緊張感こそあれ、あくまで爽やかだった店内の空気は一瞬で淀み、刺すような殺気が肌の表面をなぶる。あまりの威圧感に、はまるで命を握られているような感覚を覚えた。
「まさかバレたか?」
脂汗を滲ませたレオリオがぽつりと零す。
「大丈夫、それはないよ」
キルアは涼しい顔でそう言って、目の前のパフェを本格的に味わいにかかった。だがそんな一言だけで安心するレオリオではない。
「わかんねーだろ。オレはお前らと違ってゼツとかいう気配断ちなんてできねーし」
するとキルアは呆れたようにため息をついた。
「今ここでんなことしたら逆効果だっつーの」
もしこのタイミングで人一人分のオーラが突然消えたとすれば、念能力者がここにいると自ら明かしているようなものだ。彼らなら一瞬で察知するだろう。

 キルアの話によると、彼らはゴンたちの存在をはっきりと認識しているわけではなく、その前段階――広場にいる人間の表情やしぐさに表れる不自然≠ネ点を探している最中だという。
「だから今のお前らの顔やばいよ。もっと自然に朗らかに話せよ」
顔も体もガチガチに凝り固まった三人を見かねてキルアが言った。
 しかし、強敵に全開のアンテナを張られた状況で普段どおりを心掛けようにも、なかなか思うようにいかないのが人間というものだ。は朗らか≠胸になんとか笑顔を作ろうと試みたが、顔の筋肉がまるで自由に動かない。そしてそれはゴンとレオリオも同様だったようで。
「……ゴメン、オレが悪かった」
キルアが申し訳なさそうに匙を投げるまでそう時間はかからなかった。

▼ ▼ ▼

 三人が不自然なにやけ顔を晒してから数分も経たず、ついに旅団が動き始めた。席を立った二人が雑踏に紛れていく。
「さぁ、これからどうする?」
キルアはそう言うと残り少なくなったドリンクを煽る。
 戦って勝てる相手ではない。しかし、苦労してようやく掴んだ尻尾をみすみす手放す気にもならない。三人の心はすでに決まっていた。
「なんとかするさ。しなきゃなんねーんだろ」
依然として顔を強ばらせつつも、レオリオの目には確かな熱がたぎっている。
「黙って帰るわけにはいかないもんね」
すっかりいつもの調子を取り戻したゴンはどこか楽しそうだ。
「……追いかけよう!」
そう言うと、は震えの残る手を強く握りしめる。
「オーケイ」
キルアは頷き、空になったグラスをテーブルに置いた。

 これまでの流れを汲み、作戦の指揮を執るのはもちろんキルアだ。経験の豊富さや精神的余裕から見ても当然の成り行きに、反論する者は誰もいない。
「尾行はオレとゴンでやる。こっからは絶対に姿を見られちゃいけないから――」
キルアはそう言うと、前動作もなく瞬時に全身の精孔を閉じてみせた。うっすらと垂れ流しだったオーラの放出がぴたりと止む。それと同時に、確かにそこにいるはずの彼の存在感が突如虚ろになった。
「絶≠使う」
声は依然はっきりと聞こえるが、視覚に関しては、少しでも目を離せば見失ってしまいそうだ。レオリオはただただその技術に圧倒され、静かに息を飲んだ。

 その後もキルアは手際よく作戦を組み立てていった。仮に相手が二手に分かれた場合、女の方を追うこと。相手に姿を見られるか、キルアがこれ以上は無理と判断した時点で尾行は即刻中止すること。中止の合図はコール一回、よって通常の連絡はコール二回目で出ること。――しかし彼の取り決めについて、素直に納得できない者が一人。
「……あの」
遠慮がちに右手を上げたがキルアの前に歩み出た。
「えっと……も絶、できるよ!」
そう言ってキルアと寸分違わぬ早さでオーラの膜を消し去ってみせる。未だ心のどこかで彼女を軽く見ていたレオリオは、その非の打ち所のない絶に舌を巻いた。

 しかし肝心のキルアはというと、彼女を見直すどころか呆れた顔で大きなため息をついた。はわけがわからず首を傾げる。
「お前なぁ……」
そう零すと、キルアはあろうことか人差し指で彼女の額を軽く小突いた。かなり手加減されているものの、オーラの助けがない身体はいとも簡単によろめく。
「そんな状態でよく戦力として立候補できるよな」
赤くなった額を押さえてぽかんとしているを半眼で睨むと、キルアは更にまくし立てた。
「旅団を追うことになった時の死にそうな顔。その震え。……それにいつもの食欲はどこいったんだよ」
痛いところを突かれたは思わず下唇を噛む。迷いに気づいているのか、はたまた単なる恐怖心と見ているのかはわからないが、少なくとも彼の言う通り普段の調子が出ていないことは確かだ。

 反抗も納得もしないの態度にしびれを切らしたキルアは、眼前に人差し指を突きつけた。すぅ、と静かに息を吸う音がする。
「お前はレオリオたちと一緒に競売担当。もう決定事項な」
そう言って踵を返すと、気遣わしげな顔をしたゴンの背を力任せに押し始める。ゴンは狼狽えつつもちらちらと後ろを気にしていたが、少し前からの様子に違和感を覚えていたのは彼とて同じ。加えてこのままターゲットを見失うわけにもいかず、目立った抵抗はない。
「……大丈夫、旅団のことはオレたちに任せて!」
最後にそう言い残し、ついに姿は見えなくなった。

戦力外通告。