No.113 : Spider


 レオリオが待ち合わせ場所に選んだのは、商業施設の二階にある小綺麗な喫茶店だった。客の入りはそれなりで、開け放された窓からは広場の様子が一望できる。
「こっちだ」
ちょうど窓際の席を確保していたレオリオは、入店したゴンたちを見つけるなり軽快に右手を上げた。
 レオリオの隣にゴン、その向かいにキルアとが腰掛ける。この人数で今あるコーヒーだけを囲むわけにもいかず、レオリオは、人数分のジュースとキルアご所望のフルーツパフェを注文した。

 書き込みを見て連絡をよこした主は、広場のテーブル席に着く男女のカップルだった。向き合って座る彼らのうち、男側の後ろにいる男女がホシなのだとレオリオは言う。その片割れに、覚えのある髪色を見たはひゅっと息を飲んだ。
 レオリオが通話を開始すると、それを受けた女性の挙動が途端に一変する。こちらの居場所は知らせていないのだ。
「キョロキョロすんなって。ちゃんとお前らは見えてるよ」
窘めるように言い、レオリオはキルアに目で合図を送る。
「約束の金を振り込むから確認してくれ」
その言葉を皮切りに、手馴れた様子でキルアが携帯を操る。直後、興奮気味に立ち上がったカップルがそそくさと雑踏に消えていくのが見えた。

「さて、問題はここからだな」
携帯をしまったレオリオが皆の顔を見回す。
「どうやってあいつらを捕まえるか、だが――」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「無理だね」
そうばっさりと切り捨てたのはキルアだ。険しい顔で睨んでくるレオリオの視線をかわしながら、目の前のパフェを一口頬張る。
「オレたちの手に負える相手じゃないよ」
いつも強気な彼の、珍しく弱腰の発言にゴンとは顔を見合わせる。しかしレオリオはというと、驚きよりも苛立ちが優っていた。
「っ……今さら何言ってんだテメェ!」
時間と手間をかけてガセ情報をふるい落とし、さらに大枚叩いてようやく姿を捉えた末にこれでは無理もなかった。だが至極まじめなキルアの様子も気にかかる。はひとまずレオリオを宥め、再び席につかせた。

 キルアは居心地悪そうに唇を尖らせながら、ストローをいじり始める。
「しょーがないだろ、実際に見てやばそうなんだからさ」
しおらしいキルアの態度に、さすがのレオリオも腹を立ててばかりではいられない。 軽はずみな思いつきで皆を振り回しているわけではないことは、彼の顔を見れば明らかだ。
 とはいえ、一口にやばいと評価されても、それがどれほどの危機なのかはいまいちハッキリとしない。は以前、キルアが空港で地面に線を引きながら言っていた話をぼんやりと思い出した。
「……そんなに強そうなのか?」
レオリオが問う。キルアは少し考え込み、顔を上げた。
「あそこにヒソカが二人座ってるって言えばわかるか?」
いま現在自分たちが知る限り最悪の脅威を例に挙げられ、三人は言葉を失う。天空闘技場での圧倒的力の差を思い出し、は手足の先がゆっくりと冷えていくのを感じた。

「確かにそりゃオレらの手に負えそーもねェ」
あれだけ威勢のよかったレオリオもすっかり納得し、辺りを重い沈黙が満たす。はしばらくストローの先で氷を追いかけていたが、とうとう覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。ささやかな思い出話程度のつながりでも、もしかしたら何かに役立つかもしれない――しかしほんの僅かの差で、キルアが先に声を発した。
「あいつら……なぜこんな所にいると思う?」
皆の視線が彼に集まる。は開きかけた口を再びつぐんだ。

 キルアの問いかけに各々が思考をめぐらせる中、レオリオが至極当然と言いたげにニヤリと笑った。
「そりゃお前、デートに決まってんだろ」
「えっ、そうなの!?」
ゴンの素っ頓狂な声が店内に響いた。もつられて驚きかけたものの、キルアのこめかみが腹立たしげに震えたのを見て察しがつく。
「んなわけねーだろ」
キルアはそう言ってため息をつき、スプーンを置いた。そしてほんの少しだけ前のめりになって続ける。
「あいつら、後ろのカップルにも気付いてたぜ。ああ見えて周囲の様子や動きに細心の注意を払ってる」
ゴンは目を見開いた。立場だけなら完全にこちら側が優位にいるつもりだったが、キルアの言うことが本当であれば、それすらも危うい。

「でも、だったらなんでこんな人目につくところに?」
ゴンの口から思ったことがそのまま零れ出る。キルアが頷いた。
「ああ、オレも最初はそう思った。でも――」
この警戒が追手から逃れるためのものであるなら、彼らの行動は根本的な部分がどうにも不自然だ。だが、もしその前提が逆だとすればどうだろう。全てのピースが綺麗に揃う。
「あいつらに追われてる自覚なんてこれっぽっちもないね。連中が蜘蛛≠セってこと忘れてた」
獲物がマフィアなのか、それ以外の誰かなのかはわからないけど。キルアが頬杖をつきながら言った。

名は体を表す。