No.112 : Entrust


 ゼパイルは早速すぐそばのカプセルトイで適当な商品を入手すると、手際よくカプセルを捻り開ける。中から現れたのは、見慣れないキャラクターのフィギュアだった。
「目利きが木造蔵を鑑定するときのポイントは三つ」
入れ物である木像、切り口の接合剤、中身の財宝。これらをあの手この手で細工して騙すのが殺し技なのだとゼパイルは続けた。
「そしてこの中で最も鑑定が難しいのが木像だ。もともと財宝を隠すのが目的だから、彫りも木材の種類も粗末な物が多い。つまり完成度での判別が不可能なんだ」
はあらためて木像の姿を思い返し、深く納得すると同時になんだかホッとしていた。――その造形に良さを見出せなかったのは当然のことだったのだ。

「そこで切り口を見るんだな」
下見市でのやり取りを踏まえてキルアが言った。塗料と木屑でカモフラージュされた継ぎ目を見つけ出し、接合剤の変色の度合いを調べるのだ。
「それで酸化の度合いが三百年の時の経過を表していたら本物ってことか」
そうキルアが納得したように呟く横で、ゼパイルが息を吸った。
「ところがそうは問屋が卸さねぇ」
「……あ、ヤキヅケ!」
ゴンが両手を打ち合わせた。すっかり頭から抜け落ちていたキルアもハッとして目を見開く。ゼパイルは感心したようにゴンの顔を見つめた。
「ほぉ、よく覚えてたな」

 ヤキヅケは木像を一度開けて中身をすり替え、接合剤を熱して再接着させる技術だ。その際に生じる色味の微妙な変化を見極めるのは、プロでも難しい。
 すると今度は閉じている木像自体が警戒され始め、新たにヒラキと呼ばれる殺し技が誕生する。開いた木像とすり替えた安物の財宝を堂々と一緒に晒すことで、目利きの虚をつくのだ。偽物であればわざわざ開けた状態で見せるわけがない≠ニいう先入観がプロの目をも曇らせるのだとゼパイルは言った。
「しかしその手法も使い古されると、また大胆な殺し技が出てくる」
なんだと思う? まるで物語の読み聞かせを受けている心地だったは、突然の問い掛けに小さく肩を震わせた。

 は腕を組んで考え始めた。すっかりのめり込んでいたおかげで何か閃きそうな感覚はあるのだが、その先に辿り着くことはできないでいる。
「その木像は閉じた状態だったの?」
ゴンの疑問にゼパイルはうなずいた。
「あぁ。目利きの確信どおり、実際にヤキヅケは一切されていなかった」
答えの幅が絞られる。しかしの頭には未だ具体的な案が浮かんでこない。焦りを滲ませながら周囲を見回すと、ちょうどゴンが勢いよく手を上げたところだった。
「わかった! 隠し財宝自体が元々偽物だった!」
「残念、はずれ」
ゴンは清々しいほどに自信たっぷりだったものの、掠ってすらいないようで、ゼパイルの判定はなんともそっけない。再び推理の機会が戻ってくる。が頭を抱えていると、今度はキルアがハッと顔を上げた。
「……そうか。別のとこから中身を取り出した!」
「ピンポーン」
一瞬の出来事だった。
「えっ、なんでわかったの!」
がどこか嬉しそうに言う。キルアは悔しさを微塵も見せない彼女に張り合いのなさを感じたが、間髪入れず「すごい!」と興奮気味に褒められて悪い気はしなかった。

 切り口とは別に穴を開け、中身をすり替えて再び閉じる。ヨコヌキと呼ばれる手口なのだとゼパイルは言った。
「ヤキヅケを警戒するあまり、接合剤の状態を見て早合点しちまったんだな。長年の経験が災いしたわけだ」
既存の殺し技をどれだけ見抜き尽くそうとも、その目をかいくぐるように、裏では新たな技が生み出され続けている。永遠に続く、目利きと贋作師とのイタチごっこだ。
「……すごい世界だね」
圧倒されたゴンが深く息を吐いた。

「だからこそ目利きは常に頭の隅から疑いを捨てられねぇのさ」
ゼパイルの眼光が鋭くなった。これまでに幾度も見た、老練な職人の貫禄が覗く。はゴクリと唾を飲みながら、先ほどの会場の様子を思い返した。
 どれだけ入念に地固めをしようとも、疑惑の視線は尽きることがない。そしてほんの少しの揺さぶりで、あっという間に会場中を迷いが満たす――。

 そのとき、輪の中心で着信音が鳴り響いた。 震える携帯電話を手にしたゴンは、すぐさまそれを耳に当てる。
「あ、もしもし。レオリオ?」
軽快な口調で話し始めたゴンだったが、次の瞬間、思わず息を飲む。はなんとなく、次に来る言葉がわかる気がした。
「……旅団が見つかったらしい」
通話を終えたゴンが皆の顔を見回しながら言った。案の定だったものの、の鼓動は安心するどころか速さを増していく。急に辺りの酸素が薄くなったような気がしたが、なんとかこらえて意識を集中する。

「おい、何ぼーっとしてんだよ。行くぞ」
突然手を引かれ、つんのめりそうになったが前を見ると、ゴンとともに走り出しているキルアの姿があった。引っ張られるがまま必死に足を動かす。すると背後から、ゼパイルの「競売はどーすんだよ!」という叫び声が追いついてきた。
「任せる!」
ゴンは駆けながら振り返り、手を上げた。
「なるべく高く売ってよ!」
視線すら向けないキルアの顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。二人の一言には、清々しいほどに一瞬の迷いもない。
「よろしくお願いします!」
ごちゃごちゃだったの頭の中から唯一、その言葉だけはすんなりと出てきた。ゼパイルが全幅の信頼を置くに相応しい人物であることは、今さら否定のしようがない事実なのだ。
「……よっしゃ任しとけ!」
しばらくして聞こえてきた楽しげな彼の声を背に受け、三人はレオリオの元へと向かった。

ついに旅団発見。