No.111 : Interference


 はわずかな動きも見逃すまいと、男のそばで目を光らせ始めた。動体視力ではゴンやキルアに遠く及ばないが、角度の問題もある。いないよりはマシなはずだ。――すると視線に気付いた男が手中の指輪を掲げてみせた。
「もしかしてこれボウズたちの持ち込みか?」
三人のただならぬ気迫から部外者ではないと判断したようだ。なおも監視を緩めようとしないの必死さに男は小さく噴き出す。
「そんなに心配しなくてもすり替えたりしねーよ。ほら、ここに番札がついてるだろ」
男が指差した先には、確かに小さな札が取り付けられていた。それは他の財宝も全て残らず同様で、不正防止のために市の印がしっかりと刻まれている。

 ここまで徹底されていれば心配無用か、とが脱力しかけた瞬間、すぐ横を何者かが通り過ぎる。
「番札が付いてようが安心はできない。すり替えってのはそんなもんだろ」
相変わらず険しい顔をしたゼパイルが男の前に立ち塞がった。子ども相手に緩んでいた男の表情も、途端にピリッと引き締まる。
「……あんたは?」
「その子たちの雇われ客師だ」
ゼパイルはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。
「俺の目にかけて誓うぜ。こいつは真物だ!」
しんと静まり返った広間に彼の声がよく通る。その迷いのない声色は、すっかり流されかけていた観衆の心を再び掴みにかかった。

 しかし当の男はというと、眉ひとつ動かさずまっすぐにゼパイルを見つめ返した。
「公式の鑑定書はあるのかい?」
「……いや」
痛いところを突かれ、ゼパイルの返事が鈍ったのを男が見逃すはずもない。
「おいおい、なんの裏付けもないのに信じろってのは無茶だぜ」
悔しいが、男の言っていることはもっともだ。は祈るような気持ちでゼパイルの背中を見つめる。

 しかし彼はまだ諦めてなどいなかった。
「それは重々承知さ。だが依頼人の都合でどうしても年内にまとまった金が必要でな。公式鑑定の結果を待つ時間がなかったんだ」
今すぐ、を年内≠ヨ変換するという機転にはこっそり舌を巻く。品物の価値を見定める力だけでなく、口の巧さも目利きには必要なのだろう。
「もし不安なら落札した後にいくらでも鑑定にかけてくれ。その結果偽物と判定されたら全額返すって誓約書を書いてもいい」
ゼパイルの声、表情、佇まいにはいずれも誠実さが溢れていた。冷え切っていた会場の空気が再び熱を持ち始める。そこまで言い切るのならやはり本物なのではないか、という考えがそこかしこで生まれていた。

▼ ▼ ▼

 四人は会館を出てすぐの広場に腰を下ろしていた。目の前で細く立ち昇る白煙を何気なく眺めていたは、突然の向かい風に小さく咳き込む。
「おっと、すまねぇ」
ゼパイルはそう言って風下に座り直すと、先ほどの一部始終をあらためて思い返した。
 一度は持ち直したと思われた会場の空気は、例の男たちによって再び地の底へと落とされた。というのも、目利きを欺く贋作師の技の数々を皆の前で懇切丁寧に紹介されてしまったのだ。ゼパイルも負けじと反論したものの、自分たちの知識レベルをはるかに超えた応酬に、大多数の商人たちはすっかり萎縮。当初の活気を取り戻すまでには至らなかった。

「……くそ、あいつらわざわざ大声で説明しやがって」
ゼパイルは眉間に皺を寄せながらそう言うと、深い溜息を漏らした。吐き出された白煙はすぐに輪郭を滲ませ、そしてじんわりと宙に溶けていく。しばらくして、今までずっと黙ったままだったゴンが急に立ち上がった。
「ねぇゼパイルさん。殺し技には他にどんなのがあるの?」
落胆しているゼパイルとは対照的に、ゴンはどこか楽しそうだ。すると今度は横のキルアも跳ね起きる。
「お前なぁ、なに呑気なこと言ってんだよ!」
しかしその小言に続きはなかった。がキルアの袖を引っ張り、口を噤ませたのだ。キルアは不満たっぷりの顔でを睨みつけたが、彼女は怯まない。

 の動機の一つはもちろん単純な興味によるものだが、それ以上に大きく背を押したのは、満更でもなさそうなゼパイルの顔だった。ゴンが目利きについて深掘りした途端、淀んでいた瞳に光が戻ったのだ。自分が情熱を注ぐものに他人が関心を持ってくれることの喜びはもよく知っている。
 ゼパイルはしばらくゴンの顔をじっと見つめていたかと思うと、今度はに視線を移した。
「……殺し技だったな。オーケイ、教えてやる」
それを聞いたキルアが特大のため息をつく横で、ゴンとは嬉しそうに顔を見合わせた。

種明かしスタート。