No.110 : Criticism


 ゼパイルの見立てによると、木像から溢れ出てきた財宝の価値は少なくとも三億はあるとのことだった。そして、さらにここから競売によって値が釣り上がる可能性も秘めている。
「さっそく業者市に出そう!」
今にも木像を抱えて飛び出していきそうなゴンをゼパイルが制した。
「待て。業者市は現金買いが基本だ。こいつは飛び込みで捌ける代物じゃねぇ」
初耳の情報だった。確かに、目的もなく億単位の大金を持って市場を訪れている者などそうそういるはずがない。爛々と輝いていたゴンの瞳が落ち着きを取り戻す。
「じゃあどーすんだよ」
クールダウンしたゴンとは対照的に、キルアが焦れったそうに言った。するとゼパイルはゆったりと口の端を上げる。
「まずは下見市に出す」

 下見市。目録に間に合わなかった品をお披露する場で、出店日を他の業者にしらしめるにはうってつけなのだとゼパイルが言った。自分たちの頭では到底たどり着くことなど出来なかっただろう答えに、ゴン達は深く感心する。
「ただ一つ忠告しとくが」
教わるがままふんふんと頷いていた三人にゼパイルが釘を刺した。
「これだけの品だと逆に良い値で売れないことがある。注意してくれ」
言っていることの意味がわからずは首をかしげる。普通に考えれば、品物の質が良ければ良いほど高値がつきそうなものだが、ゼパイルが言うにはそう簡単な問題ではないらしい。ゴンとキルアに視線を送ると、彼らも腑に落ちない顔をしていた。

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 四人がやって来たのは、平屋の巨大な建物だった。入り口周辺に広がるのぼり旗と露店の群れをすり抜けて中に入る。すると来訪者に気付いた男がにこやかな顔で近づいてきた。
「いらっしゃい。市を仕切らせてもらってます、コネルトです」
白い口ひげを蓄えた、恰幅のいい温和な雰囲気の男だ。そのいかにも良い人≠フ風貌には肩の力を抜く。
「これを明日の競売品として下見に出して欲しいんだが」
ゼパイルはそう言って、包みに入った木像を差し出した。コネルトはそれを丁重に受け取り、近くにあった作業台へ四人を案内する。

 結び目が解かれ、二つに割れた木像から中身が溢れ出すと、コネルトはその丸い目を大きく見開いた。そして財宝の一つ一つを手に取り、目の前にかざしてはうっとりとため息をつく。
「……いやぁ、実に良い品だ。私が引き取りたいくらいですよ」
彼の顔を見れば、それがよくある世辞などではないことは明らかだった。
「どうです、二億五千出しますが」
そう言って微笑む穏やかな瞳の奥に、確かにたぎる熱を感じる。はゴクリと唾を飲み込んだ。彼の視線はまっすぐにゼパイルを向いていたが、なんだか自分まで動けなかった。
「ありがたいお話ですが……」
低姿勢ながら毅然と辞退するゼパイルの姿が頼もしい。本当に心強い味方を見つけたものだ、とはその安堵を噛み締める。
「うーむ……まぁ、そうでしょうな」
コネルトはそう言って頷いたものの、声の端々からは名残惜しさが滲み出ていた。

 奥へと通された四人が見たものは、コンベア状の台に並べられた骨董品の数々と、それを取り囲むようにして品評をする商人たちの集団だった。
「よろしければ他の品も見ていってください」
そう言って去っていくコネルトが係の者に手で合図するのをは見た。すると背後で歓声が上がる。直後に聞こえてきた話し声によると、ゴンたちの持ち込んだ木造蔵が到着したらしい。
 木像と財宝は、それまで方々に注がれていた会場中の関心を一気に攫っていった。商人たちは口々に賞賛の言葉を発し、の胸は高揚に満ちていく。しかし突然現れた大男が一石を投じた。
「そうかな」
周囲のざわめきがピタリと止む。それを見計らったように男は追撃を開始した。
「木造蔵が本物だとしても、中身までそうとは限らないぜ」

 その大男は細目の生真面目そうな仲間とともに、木造蔵へと歩み寄る。先程まで品評に一番熱心だった二人の商人がこちらの肩を持ったものの、自信に満ち溢れた物言いの大男に一蹴されてしまった。
「……ねェ、あれ止めなくていいの?」
キルアが視線だけは大男に留めつつ、ゼパイルに耳打ちした。このままでは木造蔵が売り物にならなくなる可能性がある。しかしゼパイルは慌てふためく様子もなく、鋭い眼光で男たちを捉えたまま口を開いた。
「これが下見市だからな。より安く仕入れようとするのは商人として当然だ。それより――」
ついに大男が財宝へと手を伸ばした。大粒の青い宝石が、こちらにも分かるほど眩い輝きを放つ。その様子を人一倍ハラハラしながら見守っていたの頭に、あたたかな手が添えられた。
「奴らの手元を注意して見てな。もし妙な動きをしたら何かお調べですか≠チてデカい声で聞け」
凛々しい彼の横顔を下から見上げると、すっかり冷え切っていた胸が熱く動き始める。は両の拳を握りしめ、力強く頷いた。

監視開始。