No.109 : Evaluation


 ゼパイルの口から飛び出した質問に、三人は揃って思考停止した。自分に何か手伝えることはないか――これはもはや質問というより申し出で、互いに情報の交換をするという当初のねらいから完全に逸れている。
「オークションで儲けるにはどうしたって目利きが必要だろ?」
ゼパイルは更にギャラの決定権も任せると付け足し、ますますこの場は混乱に充ち始めた。ゴンたちにとってはまさに渡りに船だが、あまりに話がうますぎる。
「……じゃあこっちも最後の質問」
真っ先に飛びつきたくなるのを抑えて、キルアが切り出した。
「どうしてオレたちのこと手伝おうって思ったの?」
ゴンはそう続けると、黒目の大きな瞳でまっすぐにゼパイルを見つめた。言葉にこそ出さないがも同感で、心底不思議そうな眼差しを彼へ注ぐ。

 三人の視線に捕えられ、ゼパイルは得意げに胸を張った。
「自分の力を必要としてる奴に声かけるのは当然だろ?」
とは言うものの、その顔はどこか居心地が悪そうだ。気になったが凝視を続けると、ゼパイルはふわふわと視線をさまよわせ始めた。
「――てのは建前で、正直嬉しかったしな」
三人は揃って首をかしげる。どれだけ己の行動を振り返ってみても、言われた通りの礼をした以上の心当たりはなかった。
 するとゼパイルは頬をかきつつ、照れ臭そうにはにかんだ。
「こんなガラクタでも、値をつけてもらえると嬉しいもんさ」
そう言って壺に手を置く彼の嬉しそうな顔につられ、も思わず口元が緩む。ああ、この人はやはり信頼に足る人物だ。はっきりとそう確信したは、ほんのわずかでも彼に警戒していたつい先ほどの自分を恥じた。

 彼を見るの眼差しが仲間に対するそれへと変わった瞬間、ゴンが勢い良く立ち上がった。
「ガラクタなんかじゃないよ!」
突然の大音量にの肩が震える。ギョッとして左を見ると、テーブルに両手をついたゴンがゼパイルの眼前に迫っていた。
「その壺にはゼパイルさんの念が込められてる」
促されるように、はテーブルの向こうにある壺を見つめた。見た目こそ素人には理解不能の形をしているが、纏っているオーラは本物だ。
「物体にオーラを留める技は纏っていって、すごい集中力と長い修行が必要なんだ。誰にでもできることじゃない」
は静かに頷いた。そこそこに名の知れた刀匠ですら未達の域に、ゼパイルは見習いの時点で足を踏み入れていたのだ。だがそれは奇跡でもまぐれでもなく、彼の仕事に対する姿勢を見ていれば、当然の結果であると思える。
「ゼパイルさんがどれだけの想いを込めてその壺を作ったのかは、それだけでわかるよ」

 ゴンの言葉はの胸にすんなりと馴染んだ。自身が抱いていたゼパイルと壺への想いが、そっくりそのまま言語化されたような感覚だった。
 そしてゼパイル本人もまた、ゴンの言葉に胸を打たれていた。驚きに見開かれた瞳が次第に柔らかく細まる。そして彼は静かに瞼を下ろした。
「……オレの目に狂いはなさそうだ」
しみじみと感慨に浸るゼパイルを前に、ゴンたちは互いに顔を見合わせる。しばらくして現れた彼の双眸には、絶対的な自信が滲んでいた。
「目利き商売ってのは長くやってると人間を見るようになってくる」
そう言って口の端を持ち上げる彼の顔は、まさにプロのそれだった。その堂々たる貫禄には思わず背筋を伸ばす。

 するとゼパイルは、人間の評価は骨董品の鑑定よりも厳しいのだと前置きする。好きが高じて生業にしてしまったほどの骨董品とは違い、人間への関心はあくまでオマケ、贔屓目なしで客観的にしか見られないからだ。しかしの心は落ち着いていた。
「お前ら見てて、目利きとしてのオレがささやくんだ」
彼の顔を見れば、次にどんな言葉が来るのかはなんとなく想像がついた。
「こいつらと仕事がしたい≠チてな」
ゼパイルはそう言い、照れくさそうにはにかみながらこちらの返事を促した。がゴンとキルアに視線を配ると、彼らもまた同じ考えのようだった。
「こちらこそお願いします!」
ゴンとの声が重なる。
「手数料は働きを見てからね」
相変わらず捻くれた返事しかしないキルアだが、彼がゼパイルを認めていることは誰の目にも明らかだった。

▼ ▼ ▼

 ゼパイルの協力を得られることになった三人は、案内されるがまま場所を移す。表通りから脇道にそれ、生活感溢れる細い路地を行くと、そこに彼の家はあった。年季の入った平屋の集合住宅、そのうちの一室だ。
「おじゃまします」
は形式的に挨拶をしてみるが、他には誰もいないようだった。
「まぁ、適当に座ってくれ」
ゼパイルはそう言うと、テキパキと工具を準備して部屋の中央に腰を下ろした。彼と向かい合うように座ったゴンとキルアに倣って、もその隣に腰掛ける。部屋には作業台と必要最低限の家具があるのみで、思ったより綺麗に整頓されていた。
「じゃあ始めるぜ」
その言葉を合図に、木像のてっぺんへ鑿(のみ)の先端があてがわれる。ゼパイルは迷いなく継ぎ目を狙い打ったようだが、素人のには相変わらずピンとこない。彼が骨董屋で言っていたとおりだった。

 槌で鑿の柄頭を叩く小気味いい音が何度か響き、木の割れる音がした。てっぺんに入った裂け目が綺麗に底まで走り、木像は一瞬で真っ二つに分かれる。すると中から溢れ出してきたのは、数え切れないほどの金銀財宝。
「うおおおお!」
想像以上の結果にゴンとキルアは声を張り上げた。は大きくまばたきをしながら言葉を失っている。そんな中、ゼパイルが持ち出してきたルーペで財宝の細部を確認し始めた。
「……間違いない、本物だ」
彼の言葉に三人の心は躍った。

頼もしい仲間。