No.108 : Exchange


 ゼパイルの望みは金銭による謝礼ではなく、一つの質問の答えであった。ゴンたち素人が、数多の店から三つの商品を的確に目利きしたカラクリ。それは彼にとって、売上の二割などよりよほど価値のあるものなのだ。
「いい? 本当のこと言って」
ゴンが声を潜めて二人の顔を見回す。知ったところでゼパイルにどうこうできるものでもない。金を渡すよりよほどマシだと判断したキルアが即座に賛同すると、礼をすることに元々賛成のも笑顔で頷いた。

 念についての大まかな解説が始まった。すると最初こそ半信半疑で訝しげな顔をしていたゼパイルだったが、三人の真剣な表情に感化されてか、やがて彼の瞳に静かな感心が滲み始めた。
「――それでそのオーラとやらを目印に目利きしてたと。なるほどな」
きれいさっぱり片付けられたテーブルの上で、ソーサーとカップが小さくぶつかる。客観的に見るとなかなかに胡散臭い話だが、ゼパイルはその内容をしっかりと受け止めていた。

 しばらくして、背もたれに預けられていたゼパイルの身体がほんの少し前のめりになる。
「で。なんでそんなに金が欲しいんだ?」
するとキルアの眉がわずかに震えた。
「聞きたいことは一つじゃなかったの?」
「まぁいいじゃねぇか。教えろよ」
キルアの険しい顔を気にした風もなく、ゼパイルはひとりで楽しそうだ。キルアは少し考えたあと、呆れたように小さく息を吐いた。
「じゃあ交換ね。それに答えたらこっちの質問にも答えてよ」
ただで相手のいいようにはならないという、彼らしい返事には思わず感服してしまう。ゼパイルは即答こそしなかったものの、特に嫌がるそぶりは見せず、すんなりと頷いた。

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 互いの情報交換はトントン拍子に進んでいく。この度のオークションに出品されるグリードアイランド≠ノゴンの父親への手がかりがあることを明かすと、ゼパイルはそれを噛みしめるように相槌を打った。点と点が繋がったらしい。
 一方で、ゼパイルから得た情報に三人は未だ納得がいかない。
「――なんでそっちの壺を選んだの?」
キルアが言った。ゼパイルの見立てでは、木像の中に詰まっている宝は最低一億、対して、壺の価値はタダ以下だという。それなのに木像を捨てて壺に的を絞るのはあまりに不自然だ。

 ゼパイルは珍しく言葉に詰まると、顔を伏せ、気まずそうに唸りながら後ろ頭をかいた。しばらくそうしていたかと思うと、突然覚悟を決めたように顔を上げる。彼の頬にはほんのり朱が差していた。
「この壺、実はオレが作ったんだよ」
「ヘェー」
キルアが気の抜けたような相槌を返した直後、焦ったゴンの愛想笑いが二人のあいだに転がり込む。
「あはは、ゴメンね変な壺なんて言っちゃって」
その失礼な形容を口にしたのはキルアだったが、そんなことは本人の頭からすっかりと抜け落ちている。そして当のゼパイルも特に気にした様子はなく、からからと笑ってタバコに火をつけた。
「いいってことよ。……そもそも、オレの創作じゃねェしな」

 先ほどとは真逆の発言にゴンたちは首を傾げる。するとゼパイルは、極貧時代に仕方なく贋作づくりで生計を立てていたのだと言った。自分で作ったが自分の創作ではない、という言葉の意味を三人はようやく理解する。
「こりゃその初期の頃の作品でな。今見るとかなりの出来損ないだ」
そう言って壺に手を置く彼の顔は本当に恥ずかしそうで、心の底からの後悔が滲んでいた。その道に疎いには壺の良さはもちろん、どこが欠陥なのかもわからなかったが、少なくとも金に代わる程度には完成されているはずだ。しかし彼にとっては、それでもまだまだ不出来らしい。
「市場にくるとたまにそんな昔のハジが売りに出されててな」
何をおいても買い戻すことにしてるんだ。そう続ける彼をはいつのまにか尊敬の眼差しで見ていた。

「本当の壺ならいくらぐらいすんの?」
キルアが問うた。しかしゼパイルの視線はキルアをきれいに滑り、その隣のゴンへと注がれる。
「お前の父親って何してる人なの?」
先の質問をなかったことにされ、キルアの顔が苛立ちに引きつる。確かに順序としては正しいが、それをすんなり受け止める心の余裕は今の彼にはなかった。
「プロのハンターなんだ」
ゴンが質問に答えると、ゼパイルは大きく目を見開いた。その直後、眉を釣り上げたキルアが強引に二人の間へ割り込む。
「本当の壺ならいくらぐらいすんだよ!」
「せいぜい四、五万だな。若造に回ってくる仕事なんてそんなもんさ」
ようやく質問が通ったものの、その返答はなんともそっけない。ゼパイルの関心はいまやすっかりゴンの父親に向いていた。

 骨董の世界にもハンターはいるが、みな変わり者ばかりなのだとゼパイルは言う。彼はこれまで見聞きした数々の逸話に想いを馳せながら、気の毒そうな視線をゴンによこした。
「父親探しねぇ……でも国境なんてあってないような奴らだし、子どもには荷が重いだろ」
しかし当のゴンはというと、にんまりと笑って首を振った。
「大丈夫。オレもプロハンターだもん!」
ゼパイルが息を飲む。身内がハンターというだけでも十分な衝撃なのに、目の前の小さな子ども自身までそうだとは。脳の処理が追いつかないのも無理はなかった。
「さぁ、今度はそっちが聞く番だよ!」
ゴンが相変わらず無邪気に言う。少し間があり、ゼパイルはハッとして我に帰った。そしてこれまでの軽い対応が嘘のような、なんとも神妙な顔で口を開く。
「……じゃあ、これで本当に最後の質問だ」
その真剣な眼差しに射抜かれて、三人は思わず姿勢を正した。

食後のコーヒータイム。