No.107 : Benefactor


 そこに立っていたのは、意志の強そうな太い眉と四白眼が印象的な若い男だった。男は店主から目を離さぬようカウンターのそばまでやってきたかと思うと、視線はそのまま、声だけでゴンに語りかける。
「騙されんなよボウズ。絵とアンティークドールの値段は妥当だが、木像に関してはデタラメだ」
「なっ……なんだキミいきなり!」
突然の告発に、始終穏やかだった店主が珍しく声を荒げる。すっかり彼を信用し始めていたはあらためてその顔を見つめた。

 不自然なくらいに早いまばたき。頬はうっすらと紅潮し、こめかみにじんわりと汗が浮かんでいる。そのあからさまな動揺の色に、は落胆を隠しきれなかった。
「その木に八万も出す古美術商はいねーだろ。お前が欲しいのは……その像の中身!」
店主の体が小さく震えた。汗まみれの顔から血の気が引き、両端の垂れ下がった口は声にならない声を発するばかりだ。すっかり萎縮してしまった店主とは対照的に、男は生き生きとした顔で追撃する。
「こりゃ木造蔵だろ? 三百年ほど前に金持ちの間で流行った隠し金庫だ。だが皮肉にも巧妙すぎて、主人が死んだりすると家族が知らずに処分しちまう」
男の話はの中でストンと腑に落ちた。カラカラの見かけに反してずっしりと重量感を覚えた理由は、その中身にあったのだ。
「お前いま、年代を調べるフリして中身だけすり替える気だったろ」
男の指摘とともに、軽蔑の視線が四方から店主に刺さる。その後、彼の口からまともな反論の言葉が紡がれることはなかった。

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 持ち込んだ品を全て回収した三人は、助けてくれた男と一緒に店を出た。オークションハウスで受けた親切とは真逆の対応に遭遇し、ショックもひとしお。それだけに彼の助けがより一層身に染みる。には彼の姿がどこか光り輝いて見えた。
「助けてくれてありがとうございます! えっと……」
言葉に詰まるを見て、男は小さく笑みをこぼした。
「あぁ、オレはゼパイル。礼には及ばねーよ」
その名に覚えのあった三人だが、さらに気になる点が彼らの口を噤ませた。
「ギブアンドテイクってことで」
そう付け足しながら形作られた右手のピースサイン。三人が揃って首を傾げると、ゼパイルは無邪気に口の端を上げた。
「二割でいいよ。その木像が売れた時のオレの取り分」

 礼には及ばないとは、言葉よりも物で示せという意味だったらしい。即座に納得したゴンとだったが、キルアだけは敵意むき出しでゼパイルを睨みつけた。
「ぼったくる気かよ!」
ゼパイルの眉間にシワが寄る。
「人聞き悪いな。アドバイス料だろ」
さっそく二人の仲は険悪だった。しかしゴンとはすっかりゼパイル側で、たしなめるようにキルアの前に立ちはだかる。
「いいんじゃない。助けてもらったんだし」
「木像が売り物になるのもゼパイルさんのおかげだもんね」
まっすぐな目で見つめられ、キルアは引きつった顔で後ずさった。
「お前らなぁ……聞き分け良すぎ」

 一ジェニーでも多く稼がなければならない現状で、謝礼を渡している余裕などないというのがキルアの本音だった。しかし助けてもらったにも関わらず、何もしない不義理はどうかと思うのも事実。
「……せいぜい昼メシおごるくらいかな」
しぶしぶ出した妥協案は半ばやけくそだった。売り上げの二割を要求してきた者へ提示するにはあまりにも破格の提案だ。断られる予感しかしない。だがゼパイルはというと、至極真面目な顔ですんなり頷く。
「そうか。ならそれでいいや」
「え!?」
キルアはもちろん、ゴンとまでが声を上げた。

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 やけに乗り気なゼパイルの後についてやってきたのはよくある大衆食堂だった。高級料理をおごらされるのだとだとばかり思っていたキルアは、メニュー表に並ぶ平凡な金額の料理たちに拍子抜けする。
 しかし、手慣れた調子で次々にメニューを頼んでいく彼を見てすぐ合点がいった。食べる量が並ではない。そして食べ方も実に豪快で、数日ぶりの食事なのかと見まごう迫力だった。
「おばちゃん、シシカバブ一人前追加で!」
ゼパイルの声にハッとしたキルアが顔を上げた。
「あ、オレも食う! お前らは?」
するとゴンも注文を希望し、頷いたが五人前の追加を告げる。店内を忙しなく動き回る女性店員が軽快な返事を寄越した。
「お前さりげなく増やしてんじゃねぇ」
「……えへ」
百ジェニーの包丁に遠慮していた姿は一体何だったのだろう。照れ笑いして水を飲むを眺めながら、キルアは小さくため息をつく。戯れにつついてはみたものの、彼女から食を取り上げようという気は起こらないのだ。

 追加注文の串焼きを置いた店員が去っていくと、ゴンがやけに真剣な顔で切り出した。
「……ゼパイルさん。オレ考えたんだけど」
なぜだか嫌な予感が走ったキルアは思わず姿勢を正す。しかし当のゼパイルが食事の手を止めることはなく、皿の料理を頬張りながら視線だけゴンに返した。
「やっぱり食事だけじゃ悪いから手数料も払うよ」
ゴンの言葉にキルアはギョッとした顔で立ち上がる。
「まーたお前は」
「あ? いいよメシだけで」
ゼパイルは興味なさげにそう返すと、さらなる追加注文を店員に告げた。キルアは呆れ顔でその光景を指差す。
「そーだよ見ろよこいつ。もう十人前は食ってんぞ」
さらにその上をいく大食らいが右隣にいることはこの際触れない。

 本人が納得しているのだから謝礼の件に関してはこれきりにしたいキルアだったが、ゴンなりの流儀がそれを阻む。
「でもそれじゃやっぱり……」
そう言って引き下がらない彼をどうしたものか。頭を抱えたくなってきたキルアを助けるように、ゼパイルが口を開いた。

さんは串焼きに夢中。