No.106 : Appraisal


 目的の店は存外すぐに見つかった。外壁を這う蔦に気を取られながら店内へ足を踏み入れると、今度はそこらじゅうを覆いつくす古美術品の数に目を奪われる。ディスプレイも何もあったものではなく、棚に収まりきらない品々が壁側へ無造作に直置きされていた。
「おや、いらっしゃい」
奥から現れた店主が嬉しそうに目を細めた。他に客はおらず、しんと静まり返った店内には声がよく通る。三人が各々の品をカウンターに置くと、店主が感心したように小さく息を吐いた。
「ふぅむ……これはお家にあったものかい?」
店主の視線を一身に受けたは、助けを求めてとっさにキルアを見る。すると彼はいつもより大きな瞳をキラキラと輝かせながら、じっと店主を見つめ返した。
「うん。うちの古い蔵の中に入りっぱなしだったヤツ!」
その流れるような嘘には思わず舌を巻く。
「親が値段次第で売ってもいいって言ったから持ってきたの!」
表情に始まり、口調や声色まで全てが別人で、これならどこからどう見ても蔵の片付けを手伝う利口な子どもだ。

 キルアの狙い通り、この状況に違和感を覚えられることはなく、さっそく鑑定が始まった。店主は三品を様々な角度から眺め、ときおりルーペを取り出して細部まで確認する。三人はドキドキしながらその様子を見守った。
 一通り観察し、ルーペを置いた店主が満足げに深く息を吐いた。
「うーん……どれもいい品だよ!」
とたん、三人は嬉々として顔を見合わせる。そして今にも飛び上がりそうになるのを抑え込みながら、店主の次の言葉を待った。
「たとえばこれ。ムカトリーニの五十枚限定リトグラフ」
店主がまず最初に取り上げたのは、額縁入りの版画だった。素人目にはただのイタズラ書きにしか見えないが、どうやら著名な画家の作品らしく、左下に添えられた直筆サインがその価値をさらに高めているという。
「まあ、十五万はするだろうね」
順調な滑り出しに三人から歓声が上がった。市場での仕入れ値は約一万。しかし実際の価値は十五倍――となると、これからの鑑定にも期待が高まる。はこっそりと拳を握りしめた。

 店主が次に手にしたのは、少女を模した華やかな人形だった。それを包み込む色あせた箱が彼の手の中でくるくると回る。
「これもすごいよ。全て手作りのアンティーク人形!」
店主は興奮気味に瞳を輝かせた。普通ならただのゴミになるはずの外箱も、コレクターにとっては宝の一部。そのおかげでこの人形の値打ちはさらに跳ね上がるのだという。店主は箱をそっとカウンターに置き、顎に手を当てて言った。
「そうだなぁ……三十万はすると思うね」
版画をあっさりと超える金額に三人は息を飲む。トントン拍子に高評価を得たことで、残る木像の心配など誰の胸の内にもなかった。

 だからこそ、今度の店主の言葉には皆度肝を抜かれた。
「――残念だけどこっちは大したものじゃないね」
そう言って彼は申し訳なさそうな顔で木像に視線を落とす。そして下されたのは、荒っぽい作りの雑な彫像という、たちが最初に抱いた印象通りの評価だった。さらに箱と像の年代が一致していない点もマイナスポイントらしい。
「値段は……おまけして1500ジェニーってとこかな」
仕入れ値の四分の一にも満たない。初めての赤字に肩を落としかけた三人だったが、店主の話はまだ続いていた。
「でもそれは像としての値段ね」

 古くて良い木は彫り師にとっての宝。そしてこの像に使われている木はまさにそれで、知る人ぞ知る値打ちものなのだと店主は言った。予想だにしない角度からの評価に、三人の口から思わず長い息が漏れる。オーラを纏わせるほどの執念だった製作者には悪いが、三人はすでにこの像を木材としてしか見られなくなっていた。
「これだけの古木なら十万で買い取ってくれる人を知ってるよ」
そう言って店主が得意げに腕を組んだ。たった1500ぽっちだったガラクタが十万という大金に化けるのだとしたら、飲まない手はない。しかも、正しく価値を理解した骨董屋と、それを必要とする彫り師とのツテが揃って初めて値がつくというのだから、この話はまさに渡りに船である。
「そこでキミたちに相談なんだけど」
こっちの二つを四十二万で譲ってくれたらこの木像も八万で買い取ってあげるよ――店主が声量を絞って言った。突然の提案に、先ほどまで浮き立ちっぱなしだった空気がぴんと張り詰める。

 算数の苦手なゴンが唸り始めたのを見て、店主は小さく笑みをこぼした。
「どうぞ、ゆっくり考えて」
彼が言うには、どこに持ち込もうとこれ以上の価格で買い取られることはないらしい。ならば市場で手数料を取られるよりもここで捌いてしまったほうが得である。とはいえ念のため他店の話も参考にするべきか――三人の中でそう意見がまとまりかけたところで、店主が何気なく木像を手に取った。
「ちょっとこの木の年代調べてみていいかい?」
しかしその申し出に応えるものはいなかった。仲間同士での会話に夢中だった三人の意識は完全に内を向いていたからだ。
 店主は返事がないことを気にした風もなく、そのままカウンターの奥へ歩を進める。三人は気づかない。店主の右手がドアノブにかかった――そのとき。
「待ちな! その木像そこに置け!」
店の入口から響く男の声が、静かな店内をビリビリと揺さぶった。

ヒーロー登場。