No.105 : Kindness


 電話でゴンへの連絡を試みると、案の定あちらも例外ではなく同様の人物に先を越されていた。嫌な予感が脳裏によぎった二人は念のため、目星をつけていた商品を各自確認して回る。すると、こちらが握っていたはずの値札もすべて"ゼパイル"の手によって書き換えられてしまっていた。
 このまま馬鹿正直に真正面からぶつかってもらちがあかない。全勝は諦めて、ほぼ確実に結果を出せる方向へシフトすべきと考えたキルアは、再度ゴンとに電話をかけた。
「――規定時間ギリギリまで粘って値段を書き換えよう。三人いれば最低三つはゲットできる」
二人も同意見だったようで、すんなりと方針は決まった。

 このやり方は功を奏し、妙な壺だけは奪われてしまったものの、アンティークドール、絵画、木像の三つを獲得するに至った。作戦がうまくいった達成感からか、集まった三人の顔には自然と笑みが浮かぶ。心配していた包丁の件もの杞憂に終わり、ゴンはまるで自分のことのように祝福してくれた。
 しかし気を良くしたが桐箱を開けてみせると、和やかだった空気がわずかに凍る。しばらく無音の間が流れた。
「……すっごい錆びだけど大丈夫?」
まるで遺物のような風貌にゴンは目を瞬かせている。いくら中古とはいえ、まさかここまで古ぼけた品とは予想外だったようで、キルアも黙って口元を引きつらせた。

 若干引き気味の二人を気にした風もなく、は愛おしそうに桐箱の中へ視線を落とした。
「ここから地道に砥いでいくのもなかなか楽しいんだ」
この惨状をなんとかする見通しはすでに立っているらしい。二人から見れば廃棄確定のがらくたでも、彼女にとっては磨けば光る可愛い子なのだ。苦し紛れの強がりなどではなく心の底から楽しげなの様子に、ゴンの戸惑いはすっかりどこかへ吹き飛んでしまった。
「……そっかぁ。いい買い物ができたね!」
いち早く納得したゴンは、に負けず劣らずの笑顔でそう言った。
「うん!」
包丁を箱ごとリュックにしまいこみながら、は力いっぱい頷く。
 本人がこれほど喜んでいるならば周囲はもう見守るほかない。少なくとも、安値につられて騙されたわけではないという事実だけでもう十分だった。キルアは静かに眉間のシワを解く。
「んじゃ、戦利品を捌きに行くか」
「おー!」
は空いた手でキルアから絵画を受け取ると、その確かな重みに口角を上げた。楽しみはまだ残っている。

▼ ▼ ▼

 レオリオへの報告を済ませた三人は、その足でオークションハウスへと向かった。掘り出し物がいったいどれほどの金額を叩き出すのか待ち遠しいうえ、流石に本日二度目ということもあり、の表情はいくらか穏やかだ。――しかし、そこで三品に値段が付けられることはなかった。
「申し訳ございませんが……」
テーブルに置かれた品物たちを前に、オークションハウスの職員は悲しげに眉根を寄せた。

 彼の話によると、目録に掲載されている商品はハウスが厳重な確認のすえ本物と保証したもののみで構成されており、素人が飛び入りで即日出品できるようなシステムではないのだという。そしてこれは他のハウスでもおよそ大差なく、現在は来年の目録に載せる品物を検討している最中なのだと彼は続けた。
「うーん……でもなんとか五日までには競りにかけたいんだよなぁ」
キルアが小さく唸ると、職員の男は諭すように右手の人差し指を立てた。
「街の骨董商に買い取ってもらうのが一番確実で早道ですが……」
しかしキルアの表情は浮かない。確かに捌くことは可能だろうが、妥当な金額で買い叩かれるよりも、競って値をつりあげて欲しいのが本音だった。
 あくまで競売がいいという旨を伝えると、職員はしばらく考えた後、神妙な顔で口を開いた。

 業者市。仲介業者を対象とした市で、彼らが利益を考えるぶん、一般のオークションに比べると見劣りするものの、単純に骨董商へ丸投げするよりははるかに高値を狙える。しかしその道のプロ相手に素人がうまく立ち回るのは難しいため、優秀で良心的な商師のツテがないと――職員の話はそこでぷっつりと途切れた。
「ありがとうおじさん!」
そう言うや否や、早合点して立ち上がったゴンとキルアがさっさと出口へ向かってしまったせいだ。は慌てて頭を下げると、絵画を抱え上げ、小走りで彼らの後を追う。呆気に取られた職員の視線を背に受けながら、三人は早々にオークションハウスを飛び出した。

 無知な自分たちへ打算なく対応してくれた職員に後ろ髪を引かれつつ、は二人の後ろについて歩く。
「プロだらけの市場かぁ……うまくやれるかな?」
前を行くゴンが気の抜けた声で呟いた。職員の説明を早々に切り上げただけあり、それほど切羽詰まった様子はない。は小さく唸ると、正直な考えを口にした。
「せめて金額の目安は欲しいかも……」
安く買い叩かれて損をするのも、突拍子もない高値を付けて素人と見透かされてしまうのもごめんである。それには二人も同意のようで、彼らは揃って足を止めた。
「……念のため骨董品店に持ってくか」
そう言ってキルアは手元のアンティークドールに視線を落とす。この広大な市場をくまなく探し回ってようやく見つかった品だ。できるだけうまく捌いてやりたいという気持ちは皆同じだった。
「そだね。あくまで見てもらうだけ!」
ゴンがそう言って大きく頷いた。もこれには賛成で、決まり!と声を上げる。三人は顔を見合わせると、さっそく骨董商探しの散策を始めた。

おじさん優しい。