No.104 : Bargain


 四人はさっそく、それぞれに行動を開始した。ゴン、キルア、は市場で掘り出し物の捜索、凝を未習得のレオリオはホテルのパソコンで伝言サイトのチェック担当だ。
 皆と別れて一分もしないうちにはお目当ての品を見つけた。暇そうに読書をしている若者が広げたシートの上で、荒っぽい彫りの木像が微弱なオーラを纏っている。それが芸術品として何を表現しているのかには見当もつかなかったが、きっと素人にはわからない価値が秘められているのだろう。そんなことを考えながらふと手に取ると、見かけに反してなかなかの重量だった。

 値札にはすでに一人の名前が記されていた。やはりただのがらくたではないらしい。はそれを二重線で消すと、すぐ下に自分の名前を書き足した。値段はキルアが言っていたとおり、元値の二・五倍。細かく刻んで意地の張り合いが続くのを避け、さっさと価格を上げて早めに相手の戦意喪失を狙うのが狙いだ。

 特に店主との会話もなく作業を完了したは、次なる掘り出し物を求めて散策を再開しようと腰を上げた。すると偶然、向かいの店の陶器の陰に視線が留まる。すぐに立ち寄り値札を確認するが、幸いまだ誰もこの商品に手を出していなかった。

 が手にしたのは、桐箱に収まった錆びだらけの包丁だ。変色して識別しづらいが、刀身を注視すると、界隈ではそこそこに名の知れた刀匠の銘が入っている。オーラが宿るほどではないものの、本来ならば今のにはなかなか手を出しづらい価格帯の品だった。
「それが気になるのかい?」
頭の上から店主の声が降ってくる。まさか積極的に話しかけられるとは思っておらず、は小さく肩を震わせた。すぐに顔を上げると、穏やかに微笑む初老の男がこちらを見ている。
「捨てようかと思ってたくらいだし、100ジェニーでいいよ」
彼の言葉には己の耳を疑った。これを気に留めた瞬間から用意し始めていた、開始値の金額や値切りの言葉が頭から一気に流れ落ちていく。
「……ありがとうございます!」
もはや今のに迷いはなかった。

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 幸先の良いスタートを切ったものの、その後はからきしだった。オンとオフを切り替えながら市場の隅々まで見ていくが、先の木像以外にオーラを纏った品は見当たらない。しかしその代わり、嬉しい発見がひとつあった。
「あ、キルア!」
人混みに紛れながらも、彼の美しい月白はしっかりと目を引いた。が嬉しそうに呼びかけると、気づいたキルアも小さく手を上げる。
「おー。なんか掘り出しもん見つかったか?」
「うん。なんだか変わった木像がひとつ」
の報告を聞いて一瞬嬉しそうに口角を上げたキルアだったが、すぐに苦々しげな表情が彼の顔を覆う。
「オレの方はアンティークの人形を見つけたんだけどさ。ゼパイルって奴が先に入札してた」
「えっ」
ハッとして言葉を失うの様子に、キルアの片眉が跳ねた。
「……もしかしてそっちもか?」
がすぐに頷くと、キルアは渋い顔で腕を組んだ。これだけ的を絞っているにも関わらず、その両方で同一人物と競合してしまうなど単なる偶然とは思えない。

「一度ゴンにも連絡とってみた方がいいかもな」
そう言って顔を上げたキルアは、が何か小脇に抱えていることに気づいた。
「それは?」
はハッとして彼が指し示す方を見る。すっかりその感触が馴染んでしまっていたようで、声をかけられてようやくその存在を思い出したのだ。

 は美しい木目の桐箱を目の前に差し出すと、ほんの少し興奮気味に口を開いた。
「これはね、包丁。今にも捨てるところだったからって破格で買えちゃった」
「へぇ……でもオーラは見えねーな」
相槌と同時にすかさず凝を発動してキルアが言った。の感覚では念が込められていてもおかしくない逸品のはずだが、残念ながらその点は悲しいほどにまっさらだ。"無自覚で物にオーラを宿すレベルの天才"というものがいかに稀有な存在なのか、あらためて思い知らされる。
 そのとき、我にかえったの背中に冷たい汗が流れた。特別に譲ってもらえるという喜びですっかり頭から抜け落ちていたが、そもそも今の懐具合で私的な買い物などしてもよかったのだろうか。
「……自分用にと思ったんだけど、ダメかな!?」

 先ほど見せていた笑顔から一変、今にも縋りついてきそうな必死の形相にキルアは後ずさった。そして気まずそうに頬を掻く。
「オレにその辺とやかく言う権利ねーからなぁ……」
今ある軍資金は元を辿れば全てゴンとの担当分だ。金策のつもりだったとはいえ、約五百万を吹っ飛ばしてしまったキルアは今さら小銭程度の使い道に口出しする気などなかった。

「ま、ゴンはまず反対しないと思うぜ」
むしろ良い買い物ができて良かったと、ともに喜ぶ顔しか想像できない。キルアがフォローを入れるとは面白いくらいにわかりやすく肩の力を抜いた。鬼気迫っていた表情もいつのまにか柔らかく緩んでいる。
「よかったぁ……」
そう言って桐箱をあらためて抱え直す彼女は本当に嬉しそうで――それを眺めるキルアの口元も知らず知らずのうちにゆっくりと綻んでいった。

思わぬ発見。