No.101 : Wait


 最初に異変に気付いたのはレオリオだった。
「ん、どうした。顔色がわりぃぜ」
わずかに腰を折ったレオリオの影がかかる。はハッと肩を揺らしたが、すぐに覚悟を決めた。―――真実を隠しておくことを。
 仲間に隠し事など極力したくはないものの、正直に話せばこの計画自体が頓挫してしまう可能性がある。いくら自身の悲願のためとはいえ、ゴンが簡単に他を切り捨ててしまうとは思えないのだ。

 もし連絡先でも知っていれば話は別だが、あいにくが持っている情報は顔と名前だけだ。たとえ明かしても、捜査の足しになるわけでもなく、ただ場に混乱を招くだけなのは確実だった。ならばむやみに口を開くべきではない。
「あはは。なんか緊張してきちゃった」
「……そうか。もし具合が悪くなったら言えよ」
包み込むような声と肩に置かれた手の温かさに、罪悪感が胸いっぱい湧き上がる。は強く拳を握ると、できる限りの笑顔を作ってみせた。
「ありがとう。もう大丈夫!」
どうやらうまく笑えていたようで、すぐに作戦会議が始まった。

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 レオリオの提案により、四人はばらばらに分かれて張り込みを開始した。一般人を装って待ち伏せし、旅団員を見つけ次第、携帯電話で皆に知らせるという原始的な手法だ。
 は持ち場のベンチで雑踏をひたすら眺め続けるものの、それらしき人物は一向に現れない。退屈なうえ収穫もなく、四時間が経ったところでとうとう皆は根を上げた。

 待ち合わせ場所へ向かう道すがら、は携帯電話に耳をすませていた。張り込みを行う前にゴンが掛けてから、四時間も経てばもしかして、と淡い期待を抱いてみる。
 しかし、聞こえてきたのは呼び出し音ですらなかった。抑揚のない自動音声が相手方の電源と電波の状態を機械的に説明し始める。どうやら彼はいま、人からの連絡を必要としていないらしい。
 は初めての状況に戸惑いつつ、通話の終了を選択する。彼が電話に出られないほど多忙な状況が喜ばしいような、心配であるような、複雑な心持ちだった。

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 集まった皆の顔には、わずかながら疲労の色が見えた。四時間も神経を張り巡らせて人ごみを見つめていたのだから当然だ。キルアはげんなりした表情を隠そうともせず、大きなため息をつく。
「四時間粘って収穫なしか」
マフィアに追われているという状況で呑気にそこらを歩いているはずがないと思ってはいたが、案の定の結果だ。するとレオリオの眉がわずかに跳ねた。
「お。まるでオレの作戦が悪かったとでも言いたげだな?」
「……そうじゃないけど」
ここで神経を逆撫でしては面倒だ。そう判断したキルアは落ち着き払った態度を保ちながら、なるべく穏便な言葉を探した。
「この人口の中から盗賊を見つけるにはちょっと確率がさ」
「それにまだヨークシンにいるっていう保証もないしね」
隣のゴンが頷きながら同意する。

 配慮の甲斐あって、レオリオは憤慨するまでには至らなかった。しかし眉根はしっかりと中央に寄っている。
「でもよ、何も手掛かりがねぇんだからこうするしか……」
もちろんハンターサイトには旅団の情報も掲載されているが、それを閲覧するには一億ジェニーという大金が必要だった。日々の生活費すら倹約し始めた三人に、そんな臨時支出が用意できるはずもない。そしてこれはあくまで旅団という大きな括りでの話。的を個人に絞った詳細な情報ならば、さらに高額な金額を要求されるだろう。

「――あいつなら何か掴んでそうなんだがなぁ」
レオリオが渋い顔のままぼやいた。右手の携帯電話に視線を落としたは、思わず漏れ出そうになったため息を飲み込む。
「そう思ったんだけど……相変わらず電源切ってるみたい」
困ったようにゴンが言った。彼もまた、改めて掛け直してみたものの結果は変わらなかったのだ。するとキルアが呆れたような顔をして、頭の後ろで両手を組んだ。
「ま、繋がったとしても情報をくれるかはわかんないけどね」
の胸にざわざわとした不安が張り出し始めた。確証はないものの、クラピカが何か訳あって自分たちを遠ざけているような気がしてならないのだ。
「なんだそりゃ。教えてくれるに決まってんだろ」
「そーかな」
以前と変わらぬ彼であると疑わないレオリオに対し、キルアの見解には容赦がない。不本意だが、どちらかと言えばもキルアと同意見だった。しかしまだどこか彼を信じたい気持ちのほうが勝り、うまく言葉を紡ぎきれないでいる。

 そんなとき、これまでずっと黙ったままだったゴンが勢いよく顔を上げた。
「とにかく、今はオレたちでやってみよーよ」
その明るい声に、すっかり沈み切っていた場の空気が持ち直し始める。この件についてこちらからできることが何もない以上、今は待つしかないのだ。
「きっと必要なときが来れば連絡もつくし、協力し合えるよ」
そう信じたい気持ちは皆にあった。
「……そだな」
あれだけ反発していたキルアも、納得したようにそれ以上何か言うことはなかった。は活力に溢れたゴンの顔を熱の篭った瞳で見つめる。彼が言うと本当にそうなる気がしてしまうのだから不思議だ。
「んじゃ、さっそくホームコードの確認だな」
レオリオの言葉に三人は揃って頷いた。

信じて待つ。