No.102 : Catalog


 旅団の情報について募集をかけていたものの、どのホームコードにも留守録一つ残ってはいなかった。やはり懸賞金がないことには協力者など現れないらしい。
「でもそれやるとガセネタの量が爆発的に増えるんだよなぁ」
そう言ってキルアがため息をつく。今の自分たちに、砂山の中から砂金を探している暇はない。すると、依然瞳に強い光を宿したままのゴンが身を乗り出した。
「だったら――」
一度に全てを片付けようとするのではなく、まずは一人目の確保に全力を注ぎ、それを取っ掛かりにして芋づる式に捕らえていく。そのためには求める情報を決定的なものに限り、懸賞金も高額にするのだとゴンは言った。
「ほー」
レオリオが感心したように声を漏らした。方針としてはなかなか理に適っている。

 うまくいきそうな気配を感じ始めた三人だったが、一つだけ決定的な問題があった。
「しかし、高額っつってもなァ……」
ゴンの熱意に乗せられかけていたレオリオの表情が陰る。この賞金首探しの参加費用で五百万が消え、手元にあるのはもはやダイヤの指輪だけだ。伝言サイト内で八百万を提示していたグループも居るなか、たったの三百万では見劣りしてしまう。
「……それならオレたちは千五百万出そう」
ゴンの言葉に三人は我が耳を疑った。三百万しかないのに千五百万を提示するとは一体どういうことなのか。当惑する三人の視線の先で、ゴンが神妙な顔のまま一枚のカードを取り出した。

 文字通り死ぬ思いでようやく取得したハンターライセンスを、あろうことか質屋へ入れる――これまでにも数々の突飛な決断を目の当たりにしてきた三人だったが、今回もなかなかのものだった。いずれ必ず取り戻すという心づもりがあるとはいえ、いくらなんでも度が過ぎている。
「おまえもう一度よく考えろよ!?」
「流れたら終わりなんだぞ!」
レオリオとキルアは声を荒らげて諭したが、ゴンに響いた様子はない。むしろ二人の忠告は、彼の決意をより強固なものにする手助けにしかならなかった。手続きは何の滞りもなくスムーズに進み、あっという間に取引が完了する。
「……これでもう後戻りはできないね!」
そう口にするゴンの顔は強張りつつもどこか楽しそうで、は異次元の思考回路に思わず腰を抜かす。彼には敵わない、そうまざまざと実感した瞬間だった。

 翌日。ゴンの一世一代の決断によって、手持ちの金は一瞬で一億に達した。利息無しに即金でこの金額が受け取れるとなると、ハンターライセンスのすごさが改めてうかがい知れる。
「ほんとにやっちゃった……」
ゼロの並ぶ通帳を覗き込みながら、が呆然と呟いた。ゴンの言ったとおり、いよいよ後戻りできなくなったという事実が自然と身を引き締める。
「今度は計画的に使わないとね」
そんなゴンの言葉にドキリとしたレオリオだったが、なんとなく恐怖を感じ、喉元まで出かかった疑問を静かに飲み込む。するとキルアが意地悪く口角を釣り上げて視線をよこした。
「まぁ、まだレオリオのライセンスがあるけど」
唐突なブラックジョークに背筋がヒヤリとする。
「……おまえなぁ!」
レオリオが困ったように叫ぶ様を見て、キルアは満足げに笑いだした。

▼ ▼ ▼

 競売品目録を買わないことには何も始まらないということで、四人は早速その足でサザンピースを訪れた。ただでさえ開発が進んでいる街並みのなかでも、ひときわ巨大で豪奢なビルだ。先日の宝石店と同じような緊張がの身体を硬くする。
 中に足を踏み入れると、屋内だというのにやけに開放的な空間が四人を出迎えた。高い天井に磨き抜かれた床、シンプルで洗練された調度品。そこらじゅうから、いかにも金のかかっていそうな雰囲気が見てとれる。
「おいおい。ここで怖気づいてたらオークション本番なんて到底無理だぞ」
レオリオに苦笑しながら視線を送られ、は慌てて深呼吸を繰り返した。
 受付には、黒いスーツを着た女性が一人立っていた。
「カタログを買いたいんだが」
レオリオがそう告げると、必要事項の記入を求められる。これに関しては、言い出しっぺでありリーダーでもあるゴンの役目だ。四人の中で見るからに一番幼い彼がペンを取ったことに驚いた受付嬢は、声には出さないものの一回り大きく目を見開いた。

 千二百万ジェニーという大金を叩いてようやく手に入れたカタログは、縦横のサイズこそ一般的な新書サイズだが、厚みは図鑑ほどもあった。上質な生地の感触を指先で感じながら、早速ゴンは表紙を開く。登録されている競売品は星の数ほどあるものの、きちんと五十音順にまとめられているおかげですぐに目的の記述へとたどり着いた。
「おおー!」
四人は思わず歓声をあげる。そこには、文字でしか知らなかったグリードアイランドのビジュアルがページの半分以上を占めて掲載されていた。飾り気のない黒地の表紙に略称のGとLがさらりと刻まれているだけだが、その媚びないデザインにどこか風格を感じてしまう。

 三ページにわたって記されていた内容は主に、今回の品が真作であると信用するに足る理由、ゲームプレイの方法、そして競売予定日だった。事前にハンターサイトで下調べを済ませていたゴンたちには予定日以外に取り立てて目新しい情報はないものの、現物の写真を見られただけでも貴重な収穫だ。
「――さて、これでいよいよあとは金を稼ぐだけだな!」
レオリオの言葉に三人が頷く。その方法はもちろん、旅団員の身柄受渡しによる懸賞金だ。まずは伝言サイトに告知をし、目撃情報が入りしだいそのメンバーを捕え、残りの仲間の居場所を吐かせるという算段になっている。
「芋づる作戦だね!」
内容そのままの名付けを披露したゴンの顔は真剣そのものだった。ネーミングセンスの乏しさにレオリオが苦笑する。

 そしてキルアもまた、いまいち乗り切らない顔をしていた。
「作戦自体は悪くないけどさ。目撃情報の信憑性がなぁ……」
悪意からくる意図的なガセネタはもちろんのこと、純粋な見間違いによる誤情報が届く可能性も大いにあり得る。報酬をいくらに設定しようと、真偽の見極めという問題は必ずつきまとうものなのだ。するとレオリオが静かに首を横に振った。
「それはある程度絞れると思うぜ」

 伝言サイトの募集記事ではあえて場所の情報を伏せておき、集まったタレコミを目撃場所でふるいにかけるのだとレオリオは言った。ヨークシンで旅団を見かけたという情報があれば、それは本物の可能性が高い。
 ほんの少しの工夫でこれほど効率的になるとは――はレオリオの見事な機転に舌を巻いた。ハンター試験ではあまり見ることのできなかった一面に、なんだか胸が高揚してしまう。
「でも……旅団がまだここにいるって保証はないよ?」
ぽつりとこぼされたゴンの疑問にも、レオリオの表情は崩れない。
「あぁ。だがかなり高い確率できっとまだいる」
陸海空、そして地下にいたる全ての交通手段をマフィアが監視しているのだとレオリオは続けた。なるほど、盗んだ競売品を持ったまま、その包囲網をくぐり抜けるのは難しいだろう。
 四人はゆっくりと縮みつつある旅団との距離に身を引き締めた。

少しずつ前進。