No.100 : Confusion


 地図を頼りに向かった先は、何かのイベント会場のようだった。薄暗いホールで、聞いたこともない音楽が大音量で空気を揺さぶる。それなりに広い空間であるにも関わらず、室内は参加者の若者たちで溢れかえっていた。
 この未知の世界に怯むことなく、レオリオは人混みを掻き分けながらずんずんと奥へ進んでいく。普通ならすぐに見失ってしまいそうな混み具合だが、彼の身長は周囲から頭一つ飛び抜けており、後に続くゴンたちが目印に困ることはなかった。
 部屋の最奥で、いかにもなカーテン横に控えている係員を見つけたレオリオは口の端を上げた。もらった名刺を差し出すと、先にあるエレベーターで一番下まで降りるよう告げられる。このシステムにどことなく懐かしのハンター試験を見たは、何もない廊下を歩きながらほんの少しわくわくしていた。

 エレベーターを降り、先にある重い扉を開くと、まず目に飛び込んできたのは部屋の中央に設置された正方形のリングだった。その周囲を取り囲むようにして階段状に並ぶ座席はほぼ全て満員で、立ち見まで発生している。
「おーお。殺気立ってるねー」
町中の荒くれを寄せ集めたような参加者たちを一瞥し、キルアが言った。天空闘技場で揉まれに揉まれたも、それほど取り乱すこともなく純粋に辺りを観察している。すると、壁に取り付けられたデジタル時計がちょうど五時を示した。
「皆さま、ようこそお越しくださいました!」
突然リングがライトで照らされたかと思うと、露出の多い珍妙な格好をした男がマイク片手に立っていた。
「今回の条件競売はかくれんぼでございます!」
周囲がざわめく。彼が告げた競売内容は、会場の雰囲気から予想される種目とはあまりにミスマッチだ。戸惑う観客たちをよそに、奥から現れた係員がビラを配り始めた。

 受け取った紙に視線を落としたゴンがハッと肩を揺らす。
「あ。これ、腕相撲に来た子だ」
その声につられて紙面を覗き込んだは、ひゅっと息を飲んだ。まるで遠くから何かがやってきているかのように、鼓動がどんどん早く大きくなっていく。
「そこに写った七名の男女が今回のターゲットでございます!」
司会の声がどこか遠くから聞こえる。彼がターゲット一人につき二十億ジェニーの報酬を支払うことを発表すると、観衆が一気に熱を持ったようだ。

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 参加費用の五百万ジェニーを支払い、地上に戻った四人は改めて顔を付き合わせた。辺りでは、共に出てきた者たちが騒がしく捜索を開始している。
「オレたちも急ごうぜ!」
先を越されてはたまらない、とレオリオは今にも駆け出しそうだ。すると、依然落ち着き払ったままのキルアが小さく息を吐いた。
「慌てなくてもあんな連中にゃ捕まえられねーよ」
「……どういうことだ?」
レオリオはいまいち判然としないようで眉根を寄せ、首をかしげた。声こそ発しないものの、ゴンも同様の顔をしている。
「さっきのさ、条件競売って言いながらまるっきり賞金首探しだろ?」
キルアの言葉にレオリオは先ほどの状況を思い出した。部屋中央の立派なリングはただの飾りで、競売品も物品ではなく小切手と不自然極まりない。もともと行おうとしていた条件競売が、マフィアからの支援要請を受けて急遽賞金首ハントに切り替わったと考えると合点が行く。
「つまり、こいつらはヤーさんの手に負えない連中ってわけか」
レオリオがそう言うと、キルアは頷いた。

「しっかし……いったい何をやらかしたんだ?」
後ろ頭をかきながらレオリオが言った。説明を受けたのは条件競売のルールのみで、追うことになった経緯や賞金首の正体は一切明かされていない。するとキルアが口の端をつり上げ、地面を指差した。
「地下競売が襲われたって、さっき下で聞いたぜ」
レオリオの顔が引きつる。マフィアたちがこの度のオークションにどれだけ入れ込んでいるか、深く考えずともわかるはずだ。その競売品に手をつけようなどという発想がよく生まれてくるものだな、と感心の気持ちすらある。
「いかれた連中だな」
そうレオリオが吐き捨てた。はいよいよ息苦しくなってきた。胸の内で嫌な予感がみるみる膨れ上がる。
「でもオレらはそんな奴らに心当たりがある」
キルアはゆっくりと皆の顔を見回した。マフィアにケンカを売ることも厭わない、さらには宝の強奪まで完璧に遂行してしまえる実力の持ち主――。レオリオとゴンが顔を見合わせた。
「幻影旅団……!」

 マチとのわずかな思い出に浸るの顔は当惑に満ちていた。記憶の中の温かな彼女と、クラピカが語った人の心を持たない盗賊の姿がまるで重ならないのだ。確かに抱いていたはずの親愛が揺らぎ始め、反対に、漠然とあった憎悪も少しずつ薄らいでいく。の胸は、自分でも落とし所のわからない感情でいっぱいだった。

ぐるぐる。