No.99 : Mole


 妙に自信満々なレオリオに促されるまま昨晩と同じ場所へ舞い戻ったゴンたちは、昨晩と同様の設営をこなし、昨晩と同じ初期配置についた。準備が進むにつれて、キルアのこめかみが引きつり始める。
「おいレオリオ、これって……」
無理やり両手の上へ置かれた盆とダイヤから視線を外した先には、マイク片手に大きく息を吸い込むレオリオの姿。嫌な予感がキルアの背筋を走った。
「さぁーいらっしゃい、条件競売だよー!」
思わず地面へ崩れ落ちそうになり、なんとか踏みとどまる。
「まんま昨日と同じじゃねーか!」
わずかに声量を抑えながら、キルアはレオリオを睨みつけた。するとレオリオは悪びれた様子もなく、にいっと口の端を上げる。
「まぁ見てろって。昨日のエサ撒きがきっと効くはずだ」

 三人が彼の言葉を噛み砕くより先に、事は起きた。遠巻きにこちらを眺めていた観衆の群れが割れ、明らかに堅気ではなさそうな二人組が歩いてくる。一人は恰幅の良い大男で、もう一人は身体つきこそ人並みだが醸し出す威圧感は前者以上だ。恐怖のあまり、噂話に忙しかった観衆の囁きがピタリと止む。
 大男は声もなくに一万ジェニーを押し付けると、ゴンの向かいの椅子に腰を下ろした。そしてさっそく試合を開始しようと両者が肘をついたところで、大きな問題にぶち当たる。
「ん〜? どうやって組むんだ? こりゃあよォ」
男が不機嫌そうに言った。二人の肘から下の長さが違いすぎるのだ。仮に角度を調整して無事手を握ることができたとしても、腕相撲が可能な状態にはならないだろう。

 すると、そばで見ていたレオリオが名乗りを上げた。
「ゴン、交代だ。オレがやる」
しかしこれには男たちも黙っていない。ゴンとの対戦が目当てでやってきたのに、突然相手が変更されるとあっては納得できないのも当然である。
「ニイちゃん。ごねる気はねーがそりゃ条件違反だろ」
表面上は穏やかだが、男の目は笑っていない。は遠巻きにピリッと空気が張り詰めるのを感じた。
「――わかってる」
レオリオの声がした。直後、両者の肘が置かれているだけだったテーブルに、札束とダイヤの指輪が載せられる。
「五百万、プラスダイヤ。……これでどうだ?」
レオリオの提案に、男たちは顔を見合わせ、口の端をつりあげた。承諾のサインだ。

 勝負は一瞬でカタがついた。ゴンのように相手と拮抗した実力を演出する必要はないようで、レオリオは一縷の容赦すらなく、男の腕をテーブルへ叩きつける。爆音に驚いて思わず目をつぶったが恐る恐るまぶたを開けると、前かがみになり低くうめき声をあげる大男の姿があった。その右腕はありえない方向に曲がっている。
「他に挑戦するやつは?」
レオリオがぐるりと周囲を見回すが、名乗り出る者はいなかった。噂話の段階ですら尻込みしていたのに、実際に腕を折られるシーンを目の当たりにしたのだから当然だ。レオリオは小さく舌打ちをすると、頭の後ろをガシガシとかいた。
「しゃーねぇ、店じまいにすっか」
その言葉を合図に、は札束と指輪をリュックへとしまい込む。これから何が起こるのか見当もつかないが、レオリオの落ち着きを見るに、彼の想定通りに事が進んでいるのだろう。
「いやァ、強いねニイちゃん。気に入ったぜ」
腕の痛みに悶える仲間を気にとめた様子もなく、片割れの坊主頭が何やらメモを取り始めた。レオリオは不敵に笑うと、自分の背後を親指で指し示す。
「こっちの二人はもっと強いぜ」
言わずもがな、ゴンとキルアのことである。すっかり蚊帳の外になってしまったは昨日の負け試合を思い出し、これからは筋力トレーニングにも重点を置くことをこっそりと決意したのだった。

▼ ▼ ▼

 今日ヒマだったら五時までに遊びに来な――そう言って差し出された名刺の裏には、走り書きの地図が記されていた。
 指定された時刻にはまだかなりの余裕があり、それまで食事でもして時間を潰そうということになった。場所は、キルアが別行動中に見つけたという現地の料理を扱う老舗だ。
 は横を歩くレオリオの満足げな顔を見上げた。彼の真の目的は腕相撲で小金を稼ぐことではなく、それによっておびき寄せられる地中のモグラであった。やはり、金銭が絡むと彼以上に頼りになる者はいない。
「……ん? オレの顔になんかついてるか?」
思いのほか長々と見つめてしまったようで、レオリオが不思議そうにを見下ろす。は恥ずかしそうに進行方向へ向き直ると、ちらりと視線だけ彼によこした。
「さっきの作戦。さすがだなぁと思って」
思ったことはどんどん伝えていこうという心がけは今でも継続中だ。

 レオリオの息がぐっと詰まる。次の瞬間、きょとんとしていた顔はとたんに緩み、見開かれていた瞳は柔らかく垂れ下がった。
「おいおい、大事なのはこれからだぜ」
さらりと流している風だが、滲み出る嬉しさは隠しきれていない。すると突然歩速を早めたキルアが、追い抜きざまいたずらっぽく笑った。
「そーそ。あんま褒めると調子乗るからなこのオッサン」
まっさらだった眉間に一瞬で皺が寄る。
「……オメーはもうちょっと年上を敬うことを知れ!」
レオリオは力いっぱい叫び、先読みして駆け出していたキルアを追い始めた。やはり彼をメインに据えると、行き着くのはどうしてもこんな空気ばかりだ。はゴンと顔を見合わせ、笑いをこらえながら二人の後に続いた。

茶々を入れずにはいられない。