No.97 : Conscious


 皆はさっそくレオリオの指示通りに準備を始めた。ゴンとレオリオは設営、キルアとは競売品の購入だ。
 二人がやってきたのは表通りに面した老舗の宝石店だった。は店の前で深呼吸をすると、普段は後ろに背負っているリュックを前に抱え、中身ごと強く抱きしめた。
「いらっしゃいませ」
店に足を踏み入れた直後、スーツ姿の店員が二人を出迎えた。ガラス戸の向こうでモタモタしている存在にいち早く気づいていたらしい。

 シンプルながら美しいショーケース群と、その上に降り注ぐ柔らかな光には息を飲んだ。雑然とした表通りとはあまりに雰囲気が違いすぎる。店員について店の奥へと進むキルアの背を追いながら、リュックを抱く手に再び力を込めた。手のひらに触れる角張った札束の感触が、の気持ちをピリッと引き締める。

 淡い色合いの上品な椅子へ促され、キルアとはカウンター越しに店員と対峙した。堂々とした態度のキルアとは対照的に、は自分がひどく場違いな気がして思わず縮こまる。
「本日はどのような物をお探しですか?」
店員の問いかけにキルアは少し考えたのち、顔を上げた。
「ダイヤの指輪で三百万くらいのを」
子どもの口からさらりと高額が飛び出てきたことに、眉一つ動かさない様はさすがプロである。
「かしこまりました。サイズはいかがいたしましょう」
もしご入用でしたらこちらで測ることもできますよ。ちらりと視線をよこしながら店員がそう言い終わったとたん、緊張に固まっていたの頬がじわじわと赤みを帯びる。室温はしっかりと管理されているはずなのに、顔が火照って仕方ない。
「あぁ、在庫があるものならどれでもいいんで――」
様子のおかしいを横目に、キルアは着々と取引を進めていった。

 しばらくすると、店員が在庫を探しに奥へと引っ込み、あたりに静寂が訪れる。キルアは肩の力を抜き、背もたれに大きく体を預けた。そしてずっと気になっていた話題を切り出す。
「おまえ、具合でも悪いのか?」
咳や鼻水こそないものの、の今の姿はまるで風邪っぴきだ。だがそんなわけはなかった。は訝しげなキルアの視線を避けるように、目の前にあるカウンター兼ショーウインドウをじっと見つめる。
「ううん……なんか緊張しちゃって」
が慌てて口にした理由はなんとも月並みで、どこか不自然さが拭えない。しかしキルアからさらなる追求が被せられることはなかった。
「ふーん。ならいいけど」
そう言ってもてなされたドリンクに口を付け始めた彼を見やり、は小さく息を吐く。

 サイズの計測、裏側の刻印。これらの注文が何を意味するのか――意識しているのはだけだった。提案されたそばからばっさり断り続けていた当のキルアはというと、深く考えるどころか、そんなやりとりがあったことすらもうすっかり忘れているのだろう。
 が"緊張"の原因を頭の外へ追いやる作業は店を出るまで続いた。

▼ ▼ ▼

 キルアとが打ち合わせ通りの場所へ向かうと、すでにセッティングを完了したゴンとレオリオが待っていた。年季の入った木製の机と、丸椅子二つが道路の脇に置いてある。
「みてみて。裏通りの店で借りてきたんだ」
ゴンが得意げに胸を張った。ほとんど廃棄寸前の不要な家具を拝借したため、元手はかかっていないのだという。
「お。いーじゃん」
キルアは上機嫌にそう言うと、先ほど手に入れたばかりの指輪を鞄から取り出して机に置いた。

 はゴクリと唾を飲んだ。目の前を行き交う人々がこれから自分たちに大注目するのだと思うと、気持ちがそわそわと落ち着かない。
「さぁー、いらっしゃいいらっしゃい!」
レオリオの呼びかけに数人が肩を揺らし、立ち止まった。
「条件競売が始まるよー!」
よく通る大声が周りの空気をビリビリと揺らす。大勢の視線に晒されても全く物怖じしないレオリオをは尊敬の眼差しで見ていた。
「競売品はこちら。三百万相当のダイヤ。そこの店で買ったばかりの鑑定書付きだぜ!」
濃い青をしたベルベットの箱から大粒のダイヤモンドが顔を覗かせたとたん、周囲からわあっと歓声が上がった。掴みはバッチリだ。
「落札条件は腕相撲! 最初にこの少年を倒した方に差し上げます!」
そのとたん一斉に視線が集中し、一人テーブルについているゴンは苦笑いを浮かべた。キルアはレオリオの横で指輪を持ち、済ました顔で控えている。はというと、挑戦者からの参加費用を受け取る係に任命されていた。
「参加費用は一万ジェニー。……それではオークションスタート!」
ひときわ威勢のいい呼びかけの直後、四人の周囲は挑戦者と野次馬でとたんに埋め尽くされた。

 は次々に現れる挑戦者から金を受け取り、ゴンの前へと通した。ゴンはレオリオの指示通り、時折苦しそうな顔を作りながら相手をねじ伏せていく。ただの一方的な圧勝ではなく、たびたび起こる両者の熱い押し引きが見ている者の挑戦心を刺激するのだ。どこで覚えたのか、レオリオの巧みな実況話術も試合の活気を後押しし、条件競売は大盛況だった。
「おおーっと、初めて女の子が挑戦だー!」
はお金を受け取りながら、思わず目の前の人物をまじまじと眺めた。ズレた眼鏡が特徴的な、黒いボブヘアの大人しそうな女性だ。顔立ちはあどけないものの身体のラインはまさしく大人のそれで、どこか不思議な魅力があった。

一風変わった挑戦者。