No.96 : Idea


 チェックインを済ませた四人は、さっそくレオリオの部屋に集合した。昨晩ゴンたちが宿泊したところよりはるかにランクが高いこの宿は、部屋毎にパソコンが備え付けてあり、内装にはそこかしこにゆとりと高級感が見える。
「グリードアイランド? なんじゃそら」
柔らかなソファに腰掛けながらレオリオが首をかしげた。その道に明るくない彼が、この希少な存在を知らないのも無理はない。
「幻のゲームだよ。それがこの度のオークションに出品されるらしくてさ」
窓枠に腰を下ろし、棒付きの飴をくわえながらキルアが言う。なんでまた、との返事がレオリオからあがった。
「その中にオレの親父を探す手がかりがあるらしいんだ」
に残りのソファを譲ったゴンは、ベッドの上に腰を下ろしていた。思わず力んでしまった彼の動きに伴って、スプリングがギシっと音を立てる。
「ゲームに手がかり……?」
さらりと聞いた程度では全く繋がらない二つの単語にレオリオは怪訝な表情を浮かべた。まるで子どもが親におもちゃをねだる時の無理な言い訳のようである。

 しかしここまでは前提、三人が彼に協力を得ようとしているのはその先だ。キルアが絶望感を滲ませながら口を開く。
「それより問題は値段なんだよ」
「いくらだ?」
「……最低落札希望価格が89億ジェニー」
たかがゲームと高を括っているレオリオには何の覚悟もない。キルアの言葉を理解するのにしばらくかかった。
「はちじゅうきゅうおくぅ!?」
レオリオは驚きのあまり声を張り上げた。高額なゲームと聞き、ある程度予想していた額を余裕で飛び越えている。聞き間違いの線もあるかとに視線をやると、彼女は困ったように笑いながら頷いた。
「……で、お前らの所持金は?」
レオリオが気を取り直して問いかけると、三人の表情がわずかに翳った。
「資金繰りに失敗しちゃって……五百万」
ゴンの声は今にも消え入りそうだった。無理もない、八十九億というゴールの前ではほとんど文無し同然の金額だ。

 そのうえ、これから参加しようとしているオークションの競売元・サザンピースはオークションハウスの最高峰。この程度の予算では、入場料にすら手が届かない。
「手に入れるのは不可能に近いな……」
早々に見切りをつけたレオリオはそう言ってカップを煽る。たしかに現実的な判断だった。

 自分たちが相当な無茶を言っているという自覚はある。しかしジンへの手がかりがまっすぐにこのゲームを指し示している以上、そう簡単に諦めるわけにはいかないのだ。どう奮い立たせたものか、と難しい顔をしていたの視線の先で、キルアが一瞬含み笑いを浮かべた。
「――でも、ハンターサイトでの入手難度は"易しい"だったぜ」
いつのまにか真剣な眼差しをした彼が言う。すると、すっかり脱力していたレオリオの片眉がぴくりと動いた。
「マジ?」
「必要なのは金だけだからって」
ゴンのこの言葉でレオリオはますます調子を取り戻す。自分の中に常にある、世の中の全ては金で解決できるという持論をあらためて実感させられ、彼はやけくそ気味に悪態をつき始めた。
「つまりさ」
図ったように、冷めた口調のキルアが締めくくる。
「この程度の品なら楽勝でゲットしてこそ本物のハンターってことだよな?」

 プロハンター二人の動きが止まった。眉間に寄ったしわと真横に引き伸ばされた口元が、彼らの心情をはっきりと映し出している。
「……何か良い方法がないか調べてみよ」
「きっとあるぜ。ヨークシンにゃ夢みたいな実話がゴロゴロ転がってるからな」
おもしろいほどの切り替えの早さだった。急にやる気がみなぎってきた二人は、さっそく備え付けのパソコンへと向かう。彼らの背中を見つめるキルアの口元がしてやったりと言わんばかりに弧を描く様を、はしっかりと目撃していた。

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 一攫千金の体験談を読み進めていたゴンとレオリオだったが、数行もいかないうちに、さっそく聞き覚えのない単語につまずいた。
「なんだろう、かわしって」
ゴンの声に吸い寄せられるように、キルアとも傍から画面を覗き込む。ご丁寧にも重要な語句ごとに解説へのリンクが張られており、ワンクリックで答えへとたどり着いた。

 交し。競売方法の一つで、物々競売の俗称。買い手側が公開した物品の中から、売り手側が気に入ったものを一つ選び、競売品と交換するやり方。他にも競り、縛りなどがある。
「競りは普通の競売だな。縛りってのは何だろうな」
レオリオがつぶやき、ゴンがページを進める。そのとき、ミルキの部屋で見かけた猥雑な本の記憶がキルアの脳裏を掠めた。しかしすぐに我に返ると、先のワードへ抱いた感想と共に、そのまま胸の中へしまい込む。

 縛り。競売方法の一つで、条件競売の俗称。売り手側が金品以外のある条件を示し、その条件に最も適した買い手に対して競売品を渡すやり方。
「条件……なんのこっちゃ」
お堅い文章の羅列に耐えきれなくなったキルアは、ついに匙を投げた。態度こそ違えどゴンも似たような状況で、はなんとか理解できたものの、ただそれだけだ。しかしレオリオはというと、腹の底から湧き上がる笑いをこらえるのに必死という顔をしている。
「そうか、こんな方法が……」
「え?」
くぐもった声は、皆の耳に届かぬまま宙に溶けていく。ゴンが聞き返すと、レオリオは勢いよく立ち上がった。
「いくぜみんな。確実に儲かる競売方法を思いついた!」

作戦会議から実行へ。