No.91 : Quarrel


 三人は広場の段差に腰掛け、行き交う人の流れをじっと見つめていた。ほんの数時間前まで熱くたぎっていた高揚感はすっかりどこかに消え去り、今はまるで腹の中に冷たくて重い何かをぎっしり詰め込まれたかのようだ。
「残り……いくら?」
ゴンの問いに、キルアは携帯電話で残高を確認する。
「……三人合わせて1626万ジェニー」
語尾へ向かうにつれて次第に小さくなる回答。それを聞いた二人の口から掠れたため息が漏れる。
「くっそー! あのオヤジまんまと騙しやがって!」
キルアは最後に取引を交わした男の声を思い出し、頭の中で力いっぱい殴り飛ばした。

 序盤の取引で仕入額の二倍という高利益を叩き出した三人は、そのままの勢いでさらに高額の品に手を出した。しかしそれが運の尽きだ。今度はトントンどころか二束三文にもならないがらくたで、始めに小金を儲けさせてから大金をせしめるという、お手本通りの詐欺行為に引っかかってしまったのだった。
「だから信用できる公共サイトだけにしようって言ったのに」
ゴンが恨めしそうに呟きながらキルアを見た。
「おめーだって壺が売れた時は乗り気だったじゃねーか!」
提案を承諾した以上、あくまで連帯責任としたいキルアだったが、ゴンは同罪とは認めたくないらしい。はというと、二人の顔を見比べてオロオロとしているばかりだ。

 言い合いのケンカはこれまでにも何度かあったが、今回のように多額の金銭が絡む重大事件は初めてだった。たった半日で十億超が消し飛んだショックはの頭を真っ白にさせた。
「おまえはどっちの味方なんだよ。ハッキリしろよ!」
そのふわふわした態度が気に障ったらしく、キルアの怒号が飛ぶ。ますます萎縮してしまったを見限ると、キルアは勢いよく立ち上がった。
「よし、勝負だ!」
「おう!」
ゴンも負けじと立ち上がり、二人は再び睨み合う。勝負の内容はこうだ。残金の三等分を元手に、二週間で最も多くの金を稼いだ者の勝ち――頭に血が上っているわりには至極真っ当なルールである。
「それじゃあ位置について、よーい」
「どん!」
掛け声の直後、ゴンとキルアの二人は弾けるように真逆の方向へ駆け出した。

 その場に一人残されてしまっただったが、その顔は晴れやかだった。最初はただのいがみ合いだったものの、今ではすっかり真剣勝負が繰り広げられている。共に行動してはいないけれど、向いている方向は相変わらず同じだ。
 この勝負、負けた者は勝った者の言うことをなんでも一つ聞かなければならないらしい――なんとしても負けるわけにはいかない。もようやく立ち上がると、深く息を吐き前を見据えた。

▼ ▼ ▼

 短時間で高収入を得る手段といえばまず思いつくのはギャンブルだ。目的がハッキリした段階から、キルアの頭の中はそれ一色だった。
 パチスロ、カジノ、競馬に麻雀――と多岐にわたる選択肢のうち、今回のお目当てはカジノだ。通常なら未成年お断りの大人の世界ではあるものの、そんなことはキルアにとってなんの障壁にもならない。ミルキとロムカードの取引をした際、念のため追加料金を払って偽の身分証作成を依頼していたのだ。ゆえに今のキルアは立派な二十歳である。

 キルアは手のひらサイズのカードを右手でもてあそびながら、ネオン街をぶらついていた。持ち金は約五百万、初心者の軍資金としては十分すぎる額である。それに根拠はないが、なんだか今日は大きな波が来るような気がしてならないのだ。
 爆音の漏れ出るスロット屋を通り過ぎ、いかがわしい雰囲気漂うホテル通りに差し掛かかったところでキルアは信じられないものを見た。見慣れた後ろ姿が視界の端にちらつく。
「……!」
確証はないのに、それでもとびきりの大声を出した自分にキルアは自分で驚いた。見覚えのある肩がびくりと震え、ゆっくりと振り向いた人物はやはり彼女だった。

 急いでカードをポケットにしまい込みながら駆け寄る。突然呼び止められて驚いたものの、声の主がキルアだと気づいたはほっと胸を撫で下ろしていた。
「……おまえ、何してんだよこんなとこで」
「え、金策だけど」
キョトンと首をかしげるの横には、怪訝に眉をひそめて見下ろしてくる中年男の姿があった。高そうでも安っぽくもないスーツを身に纏った、パッとしない顔で、どちらかといえば気の弱そうなひょろりとした男だ。
「なんだね君は」
内心明らかに取り乱しているくせに、あくまで表面上は大人の余裕を取り繕っている。この期に及んでまだ諦める気はないらしい。邪魔者の自分が立ち去るのを待っているのかと思うと、キルアはなんだか面白くなかった。

 穏便に事を済ませる方法などいくらでもあったが、今のキルアはどれ一つ実行する気にはなれなかった。むしろ、目の前の状況をいかにぶち壊すかという妄想ばかりが浮かんで止まらない。――しかし結局はその中でも一番簡単でシンプルな方法をとることに落ち着いた。いろいろ気にしてしまうのことを慮っての選択だった。
 キルアはありったけの敵意を込めて彼を睨みつけた。男はひゅっと息を飲んだかと思うと、熊と対峙したときのようにじりじりと後退し始める。そしてある程度の距離をとったところで、突然勢いよく後方へ駆け出した。腰が抜けかけているのか、途中で何度か蹴躓いているのがなんとも滑稽だった。
 その情けない後ろ姿を眺めながら、ほんの少し気の晴れたキルアは小さく息を吐いた。

繁華街の闇。