No.90 : Yorknew


 進行方向のはるか先を見つめていたゴンが小さく声を上げた。じゃんけん遊びに興じていたキルアともつられて前を向く。すると、いつの間にやら船首のちょうど延長線上に巨大な大陸が姿を現していた。
「あれがヨークシンか」
目を凝らしながらキルアが言った。緑はほとんどなく、港から内陸まで広がる開発の進んだ街並み。くじら島のときとはまた違った存在感に三人の好奇心がくすぐられる。

 そして待ち遠しいのはなにも街だけではない。
「楽しみだなー、二人に会うの!」
そう言って笑うゴンの声は、今にも飛び出していきそうなほど弾んでいた。もそれに同意すると、二人はにやけ顔を見合わせる。
「お前ら気がはえーよ」
ふわふわした空気を呆れ顔のキルアが一蹴した。約束の日まであと二週間はある。再開を待ちわびている間にも、やることは山積みなのだ。
「オークションまでにグリードアイランドの情報、集められるだけ集めねーと」
つい脱線しそうになる二人を引き戻すのはいつもキルアだ。ゴンとは現状を思い出し、表情を引き締めた。

 その時、何かに気づいたキルアが空を見上げる。つられてもそれに倣うと、一面の紺碧が視界を埋め尽くし、思わず小さく息が漏れた。
 見惚れている間にも、薄く小さく散りばめられた雲たちに紛れて、一つの黒い点がみるみる近づいてくる。それはしだいに輪郭を持ち始め、やがて精悍な鷹の姿となってキルアの右腕に降り立った。間近で激しく空気を揺さぶる羽音に、驚いたはびくりと身体を震わせる。
「来たぜ。兄貴からのアドレスだ」
目を丸くするゴンとをよそに、キルアは平然とした顔で鷹の足の通信筒から一枚のメモ切れを取り出した。そして中身を確認すると、右手をふわりと浮かせ、鷹を飛び立たせる。伝書鷹――これがゾルディック家なりの機密通信手段らしい。
「よし、街に着いたらさっそく調査開始だ」
空の彼方へ消えていく鷹の姿を目で追っていたは、キルアの言葉にハッと肩を揺らす。
「……うん!」
ゴンとは力強く頷くと、前方の島を真っ直ぐに見つめた。

▼ ▼ ▼

 船を降り、簡単に食事を済ませた三人は、その足で近くのネットカフェへ向かう。くじら島を離れた時から陸酔いに戦々恐々としていただったが、今回は幸いにも揺れが残ることはなかった。
 受付を済ませ、指定された区画のチェアに腰掛ける。ゴンがメモの文字列をアドレスバーに打ち込むと"ハンター専用サイト・狩人の酒場"と名乗るウェブサイトが現れた。画面済の注意書きによると、ここから先へ進むにはハンターライセンスをカードリーダーに通す必要があるらしい。ゴンは迷いなく自分のライセンスを手に取り、デスク上の機器に滑らせた。

 狩人の酒場では、実際の酒場を模したイメージ型のメニューが採用されていた。ここにいる人物それぞれに役割があり、バーテンダーがまさに今回の目的・情報屋であった。
 膨大なカテゴリ群をつぶさに確認し、ようやく見つけたゲームの項目にある"グリードアイランド"を選択した途端、情報提供料の要求メッセージが画面中央を陣取る。二千万ジェニーという高額には目をしばたたかせた。ゴンの椅子の背もたれを掴む手に、つい力がこもる。
「……ま、仕方ねーか」
キルアがそう言うと、ゴンは再びライセンスをリーダーに通した。ゲームの詳細な情報を知らないことには、先へ進みようがない。とんでもない額とはいえ必要経費なのだ。
「なんか金銭感覚マヒしてくるなぁ」
そう苦笑いするゴンの言葉にキルアとも同感だった。

 支払いを承諾した直後、グリードアイランドに関する情報が洪水のように溢れ出す。このゲームの製作者は念能力の使い手であること、百本のゲームソフト全てに念が込められていること、ゲームをスタートすると念が発動しゲームの中に引きずり込まれること――次々と明かされる刺激的な真実には次第に飲まれていく。しかし"生きて帰った者はいない"との一文で一気に現実へ引き戻され、背筋に寒気が走った。

「本物かな」
一旦冷静に戻ったゴンが二人をうかがい見た。
「ハンターサイトの情報だぜ。まず間違いない」
普通なら都市伝説の類だろうと笑い飛ばしてしまいそうな突飛な情報だが、今回は掲載されている場所が場所である。キルアの言葉に納得したゴンは唾を飲み込み、更にページを進ませた。すると最後の補足的な文章に目が点になった。――ヨークシンシティで開催されるオークションには八月十四日現在までに七本のグリードアイランドが販売申請登録されている模様。最低落札価格、八十九億ジェニー。
「……やっぱ上がってんじゃねーか、三十億も!」
ここがどこであるかも忘れて、キルアは頭を抱え声を張り上げた。そのとたん周囲から突き刺さる怪訝な視線には嫌な汗が止まらない。

 すっかり取り乱している二人をよそに、ゴンは至極冷静な顔で呟いた。
「ねぇ、これってオレたちも参加できないのかな」
するとキルアが呆れたように視線をよこす。
「さっき見ただろあの値段。オレらの入り込む余地ねーよ!」
元値ですら絶望的だったにもかかわらず、既にその一.五倍へ膨れ上がっている。そして今後さらに上昇する可能性も十分秘めているとあっては、この反応も無理はなかった。
 しかしゴンの真剣な表情は未だ崩れない。
「買う方じゃなく売る方でだよ」
予想すらしていなかった言葉にキルアの動きが止まる。キルアは顎に手を当ててしばし考え込んだかと思うと、突然はっと顔を上げた。
「オレたちも何かお宝を探して競売に出すんだ!」
突如見え始めた光明に、二人の表情も明るくなる。幸いここならネット環境には困らない。わざわざ各地を転々としなくても、この場で探索と売買が一気に済ませられる。

 三人はパソコンの画面に目を落とし、あらためてグリードアイランドの詳細を見つめた。幻のゲームと呼ばれてはいるものの、総合的な入手難度はG。下から二つ目だ。この程度の宝を入手できないようでは自分を見つけることなど不可能だとジンに言われているような気がして、三人の拳に自然と力がこもった。

金策開始。